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 ・体験談:俺は物心ついた頃から野球バカ [衝撃] (5)
 ・体験談:育児用品あるよ、使う? [衝撃] (5)
 ・体験談:知り合ったAは弁護士なんだけど、弁護士になった動機にびっくり [衝撃] (11)
 ・体験談:担任やそいつらの部活の顧問に相談してもスルー[衝撃] (3)
 ・体験談:A君は去年うちの部署に配属されてきた [衝撃] (12)
 ・体験談:夫の実家は小さな教会で、ごくまれに結婚式を挙げることもある [衝撃] (8)
 ・体験談:義兄夫婦はどっぷり子供を甘やかさせている [衝撃] (6)
 ・体験談:私が小3の時、父が交通事故に遭って入院 [衝撃] (13)
 ・体験談:この番号に電話して親を呼んでくれというメモをお持ちなんですが [衝撃] (7)
 ・体験談:会社の同僚に、凄く真面目でちゃんとしてる感じの子がいる [衝撃] (9)
 ・体験談:私は子供の頃から年の近い兄に虐められ続けていた [衝撃] (7)
 ・体験談:小さい頃から母親は妹贔屓で俺には辛くあたってた [衝撃] (12)
 ・体験談:私の子育ては自由には責任を伴うというもの [衝撃] (8)
 ・体験談:元カノの、別れた後の態度が気に入らなかったときにしたイタズラ [衝撃] (4)
 ・体験談:ある男性と友達の紹介で知り合い、3回目のデートで告白され、OKした [衝撃] (7)
 ・体験談:飲み会のときにあった一万円札がなくなっている。どうしよう。[衝撃] (11)
 ・体験談:Kから同じバイトの女を攫ってヤラないかと持ち掛けられた [衝撃] (12)
 ・体験談:築60年とも言われる最低限の支えをしただけのような木製の橋 [衝撃] (7)
 ・体験談:同期と昼飯時にたまたま遭遇して中華料理屋で飯を食うことになった [衝撃] (16)
 ・体験談:新卒で働いてた会社のお局にプッツンして蹴りを入れた [衝撃] (6)
 ・体験談:このキーホルダーがある方を彼の方に向けて置いてね [衝撃] (8)
 ・体験談:自分には母の宝石や指輪を庭に埋めるっていう厄介な癖があった [衝撃] (7)
 ・体験談:私、歌手だったの [衝撃] (10)
 ・体験談:駐車スペースの目の前にDQN仕様の車がデン!と駐車してあった [衝撃] (14)
 ・体験談:父の日で思い出す神経判らん思い出 [衝撃] (4)
 ・体験談:スーパーでレジのパートをしてるんだけど、酷いのが来た [衝撃] (15)
 ・体験談:嫁はメシマズ以前に「料理が出来ない」「偏食(魚、野菜一切ダメ)」[衝撃] (11)
 ・体験談:実家の都合で、母名義の一軒家で独り暮らししてた時期がある [衝撃] (5)
 ・体験談:うちは父が俺の生まれる前に事故死した [衝撃] (12)
 ・体験談:いきなり私の胸を掴んだ [衝撃] (1)
 ・体験談:商社マンだった兄が激務による不摂生で大病を患い、一年入院して退職 [衝撃] (11)
 ・体験談:従兄弟夫婦の知り合いが、海外から東京に遊びにくることになった [衝撃] (7)
 ・体験談:旦那が頭かかえて座ってた [衝撃] (8)
 ・体験談:幼馴染Aから「離婚した」と連絡がきた [衝撃] (7)
 ・体験談:夫の精子が自然妊娠はまず無理ってぐらいに数が少ない [衝撃] (5)
 ・体験談:去年のGWでの一人旅のお話 〔衝撃〕 (19)
 ・体験談:姉が結婚してすぐ、父が他界した [衝撃] (6)
 ・体験談:付き合いたてだった彼氏とオイスターバーに行った事があった [衝撃] (12)
 ・体験談:我が子にはちゃんとした教育を受けさせたい [衝撃] (9)
 ・体験談:舅は社長業引退したくて、引き継ぎ相手を探してた [衝撃] (6)
 ・体験談:田舎に戻って俺が親の面倒を見る! [衝撃] (4)
 ・体験談:俺が結婚して半年くらいして鬱っぽくなった [衝撃] (2)
 ・体験談:駐車場でおばあさんが倒れてて黒い服着た若い男がそばにいた [衝撃] (5)
 ・体験談:小学のころ軽くいじめを受けていた [衝撃] (2)
 ・体験談:御嶽山噴火から生還された愛知県安城市の方のFacebook手記 [衝撃] (7)
 ・体験談:娘が4歳のとき、ショッピングセンター行って来たんだ [衝撃] (15)
 ・体験談:家に帰ってきたら、お気に入りの雑貨や洋服類が減っていた [衝撃] (6)
 ・体験談:俺は小学校低学年までその人がお母さんだと思ってた [衝撃] (5)
 ・体験談:私が小学校高学年の頃、父が9桁の借金を作った [衝撃] (10)
 ・体験談:私の父と私は血のつながりはない [衝撃] (17)

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俺は物心ついた頃から野球バカで、小学生の頃はリトルに入って野球ばかりしていた
低学年の頃は試合にはでれないので、特に序列もなく和気あいあいでやっていた

ところが高学年になり、レギュラー争いが始まると、それまで仲の良かったNが豹変した
当時ピッチャー志望の同級生は俺とNを含め5人
Nがエースで俺が二番手だった
Nの実力は高く、二番手とはいえ俺は実質登板機会なしだった
だがなぜかNは俺を目の敵にし、陰湿ないじめを繰り返した
幸い些細なことばかりな上俺自身が生来楽天家なこともあって、ほぼスルーしていた
それが余計にNをヒートアップさせたらしい


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うちは弟嫁が妊娠した時に

「育児用品あるよ、使う?」

と聞いたら

「そんな昔の(上の子高校生)三人も使い倒したものいりません、うちに粗大ごみ処理させる気ですか」

と言われたから、二度と言わなかった。

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以前、婚活で知り合ったAは弁護士なんだけど、弁護士になった動機にびっくり。

「弁護士はお給料高いでしょ?」

まあ、確かにそのへんの同世代の弁護士よりも明らかに高収入。

Aは独立してるわけじゃないけど、かなり有名どころの弁護士事務所に所属してるうえに
大手企業の顧問やってるそうだから、その収入もありえないわけじゃないと思う。


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いじめって言葉で済ますのが腹立たしいくらい
いろいろやられた(暴言、暴行、カツアゲ、教科書とかを隠す、壊すetc・・・)
担任やそいつらの部活の顧問に相談してもスルーするどころか
逆ギレしてきたので復讐した

・暴言、暴行シーンの録画
(一番苦労した。10回近くチャレンジしてやっと成功)
・怪我の診断書
・再度相談した時の録音(逆ギレ音声録音)
・壊されたものを現物保存&写真で保存


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後輩、A君は去年うちの部署に配属されてきた。
年は20代後半、イケメンで人当たりもいい、いかにも好青年という感じ。
それまでいたところとは畑違いな部署に来たこともあり、最初は手違いもあったけど、努力家だし一度教えればそれで覚えてくれるので、教育係だった俺はとてもありがたかった。
俺を含め大半は彼を認めていたし、評価していたと思う。
気さくだけど礼儀正しく、ユーモアもある彼は職場にもすぐ馴染んだ。
しかし、彼を良く思わなかった人がひとりだけいた。

その人を仮にBさんとする。
Bさんは30代半ばの男性で、仕事は結構出来るんだけど、人格に難ありというか、よく人を貶めた物言いをする人だった。
短所は言うまでもなく責め、長所まで言い方を変えて貶したりしていた。
痛烈に批判したり、泣くまで追い詰めたりすることはない。


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夫の実家は小さな教会で、ごくまれに結婚式を挙げることもある。
うちの隣家のAは、旦那さんが敬虔なクリスチャンで、10数年前に夫実家の教会で式を挙げた。
(A自身は改宗していない)
去年の夏くらいにAから連絡があって、たまたま義父が外出中で私が電話を受けたんだけど、

「教会でお式を挙げたいから貸しきらせてくれ」

という。

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義兄嫁にクッソワロタ

義兄夫婦は義実家にべったり。
なし崩し的に半同居状態。
ウトメは気の良い人達なんだが孫に甘い。
極限まで甘い。
それが気掛かりで、私夫婦は過剰に子供と接触させてない。
でも義兄夫婦はどっぷり子供を甘やかさせている。
(私夫婦と義兄夫婦の子供はほぼ同じ年)

「チビちゃんだから仕方ないよね^^☆」はどこの家庭でもあると思うけど、やっぱり限度がある。
ウトメは孫を一切叱らずにやりたい放題させる。


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私が小3の時、父が交通事故に遭って入院。
小4に上る直前、母も激務で倒れたため、
私と1歳年上の兄は、東北地方の親戚の家に預けられることになりました。

その町は本当に山の中にあって、今でもクマ撃ちの猟師がいるようなところ。
一番困ったのは言葉。
兄も私も、東京生まれの東京育ち。
わからない言葉ばかり。
そんな中で、気が小さい私はイジメられるようになりました。


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ふたつ隣の市にある、新幹線も停まる駅から、俺の携帯に着信があった。

相手「新潟駅ですが、××さんでしょうか?」

俺「違います」

相手「あれ?お子さんが、駅に着いたら
        この番号に電話して親を呼んでくれというメモをお持ちなんですが」

俺「は?自分の車で帰って来るように言ってくださいよ」

相手「……10歳くらいのお子さんなんですが」

俺「うちの娘はハタチまわってます」


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会社の同僚に、凄く真面目でちゃんとしてる感じの子がいる。
その子はいいとこのお嬢様で家庭的な子だと聞いていた。
(本人もそのように話していた。)
彼女はとても太っていて、いつも肌が荒れていた。
そんなに食べていないのになぜ太るのかわからないと悩んでいた。
ある日誘われてその子の部屋に遊びに行ったら、衝撃だった。
カップラーメンとコンビニ菓子、弁当、食パン一斤かじりかけ、キッチンにはジュースのペットボトルとお酒がズラリ。

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私は子供の頃から年の近い兄に虐められ続けていた。
怪我をするほどの暴力やモラハラセクハラ。
暴君だった。
大学に入る頃には暴力は止んだけど、セクハラモラハラは続いた。
だから物凄く仲の悪い兄妹だった。

両親は、その場では兄をとがめはしたけれど、暫くするとその事実(兄の暴君ぶり)を忘れた。
バイアスって言うのかな、「お兄ちゃんはそんなことしない」。
私に対してもそういうところがあったし、兄妹で大きな差別をされていた訳でもないけど、結果として兄=加害者 私=被害者となってしまった以上、それらを無かった事にするのは、私には差別に感じた。


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小さい頃から母親は妹贔屓で俺には辛くあたってた
俺から見れば、いつも母親が唐突にふぁびょって俺にキレまくる
母妹が来た時、当時7歳の俺が寝てると思って

「妹は素直でかわいいけどお兄ちゃんは欲張りでひねくれ者で困る」

と言ってるのを聞いて、内心
「俺は妹の面倒ちゃんとみてるだろ!全然よくばりじゃないよ!なんで俺はきちんとしてるのにお母さんは俺だけ悪く言うんだ」とすごいショックだった


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私に子供を預けておきながら煩い義兄嫁と義実家に仕返し
私の子育ては自由には責任を伴うというもの
自分のすることに責任を持てるなら放任してる
だからゲームし放題、お菓子食べ放題、お小遣いも自由に使いたい放題の状態
娘も小1の頃は責任が持てなくて、ご飯によんでもテレビを見たまま離れないことがあり、きっかり一年家からテレビをなくした
これに懲りたのか娘は無茶苦茶な自由は堪能しなくなった

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以前付き合ってた元カノの、別れた後の態度が気に入らなかったときにしたイタズラ。
向こうから告白されたのがきっかけで付き合い始め、1年たった頃。
元カノがやっていたブログに載せられていた元カノの写真が目に止まった。
「友達と飲み行ってきた。知らぬ間に写真撮られてた 笑」という感じの内容で記事が更新されていた。
全然深い意味はなかったんだが笑顔でうつってるのがかわいかったのでクリックして保存してしまったことがあった。
いまになるとこの時の俺の行動は正解だったと思う。
翌々日ぐらいに、なぜか元カノが例の写真が載っていた記事を削除していた。
あれ?消した?とは思ったが特に気にせず聞きもしなかった。
それからしばらく後、学校の授業でノートPCを持参した際、女友達に一枚のイケメンの画像見せられ

「これ名前誰だかわかる?俳優だと思うけど名前がわからん」

と聞かれた。

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ある男性と友達の紹介で知り合い、3回目のデートで告白され、OKした。
その後さらに2回デートしご飯を食べた。
おとなしい、草食系の男性だった。
そこまでは。

以下男性をAとします。
彼氏ってほどじゃなかったし、キスすらしてなかったし。

Aが友達に紹介したいと言うので、Aの仲間内のお花見に参加した。
飲み物と簡単につまめる食べ物を持っていき、Aの仲間に紹介してもらった。
紹介の段階で

「初対面だろ。もっと腰低くしろよ〜」

とAに頭をボカっと拳で殴られた。

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登場人物
自分:サークルで幹部をしていた。
A子:サークルの飲み会でお金をなくした。
B子:飲み会の主催者。
C男:A子の彼氏であり、自分の前の代の幹部だった。

A子と自分はもともと友達で、とある日のサークルの飲み会でも仲良く話していた。
その飲み会では、荷物を飲み会会場の隣の部屋
(荷物の出し入れが頻繁に行われていたので、鍵がかかっていない)
においていた。


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胸糞&犯罪なので閲覧注意

大学進学して一人暮らしを始め、仕送りだけじゃ金が足りないなと思ってパチ屋のバイトを始めた。
そこで知り合った男を仮にKとしておく。

Kとは年も近くウマがあった為、休みに遊びに行ったり、kのアパートで共通の友人とマージャンしたりするような間柄になった。


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私の実家は田舎ではあるがとあるローカル線のよく見える山を所有している
しかしそのよく見えるポイントにいくには山の裏からギリギリ車は通れる程度の長く険しい獣道みたいなところを通らなければならない
その中でも危険なのが途中の澤にかかった築60年とも言われる最低限の支えをしただけのような木製の橋


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半年くらい前かな
別部署の同期と昼飯時にたまたま遭遇して中華料理屋で飯を食うことになった
俺は餃子定食
奴は回鍋肉定食、ライス特盛
で、この店の餃子一皿8個で定食だと16個なんよ
流石に多いから2、3個あげることにして奴にそう言ったんだ
醤油皿が一つしかなかったから店の人にもう一枚頼もうとした時に
餃子のタレをそのままかけやがった
それだけならまだしも勝手に酢もかけやがるの
俺は酢が苦手で酢を取ると気分悪くなって吐くこともあるメンドクサイ体質
当然こんな餃子食えるわけがない


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新卒で働いてた会社のお局にプッツンして蹴りを入れたこと。
大した話じゃないけど人間性を疑われそうで誰にも言えない。
社内の皆が恐れるヒステリックババアで、そのババアの仕事を補佐する為の人員として採用されたから逃げられないしイビられるしでとにかく地獄だった。
それでもなんとかやり過ごしてたんだけど、入って2年目かな。
ババアが体調不良かなんかでいつも以上にイライラしてて、二人で倉庫の書類を整理してたらすれ違いざまに

「邪魔!」

って肩どつかれたんだよね。

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仲のいい友人A子が離婚する時の話。
元旦那さんは籍を入れた途端に豹変するタイプだったらしくて、結婚前は優しくて色々気遣ってくれる人だったのに
結婚後は超俺様で、生活費も殆どいれてもらえず浮気も暴力もあったらしい。
それで一年持たずに離婚話になったんだけど、浮気にしろ暴力にしろ、とにかく証拠になるような尻尾を出さないらしい。
ある時、話し合いに同席してほしいと頼まれた。
その時に小さ目のハンドバッグを渡されて、座ったらこのハンドバッグを
テーブルの上に置くように指示された。
そのバッグの取っ手にはキーホルダーがぶら下がってて、

「このキーホルダーがある方を彼の方に向けて置いてね」

と言われていた。

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就学前の幼児だった頃、自分には母の宝石や指輪を庭に埋めるっていう厄介な癖があった
原因もわからず減っていく貴重品に母が不信感を持ち、保管場所を移動させた後
代わりのように、結婚記念日のサプライズ用に父が買って隠してあった指輪を発見
とりあえずそれも埋めた
結果、記念日には花束とケーキしか送ることのできなかった父は大変しょんぼりして
母にも言えず家の中をひとり、失くした指輪を探すようになった
反省した自分は父の指輪を戻そうとしたが、家に入った瞬間母に見つかり

「それどうしたの?」

怒られると思った自分は、思わず

「女の人が返すって渡してくれたの」

架空の犯人に罪をかぶせてしまった

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先日、久しぶりの休みだったので飯食ったあとリビングでうとうとしてたら
嫁さんが洗い物しながら小さい声で歌ってるのが聞こえたんだが、それが驚くほど上手。
上手というか、もうプロ以上というか、とにかくすごい。
AKBかなにかだったと思うんだが、あのチャチな歌(ファンの人はすまん)が
すごく雰囲気たっぷりで、思わず聞きほれるレベルだった。

あまりにうまいので、つい

「なんでそんなにうまいの?」

って声をかけた。

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駐車スペースの目の前にDQN仕様の車がデン!と駐車してあった
どうにもこうにも出れないので自分の車の中からガラスを割るハンマーを取り出して、DQN車の窓を割りニュートラルにしてやっと車をどかせることができた

で、数日後DQNが駐車場で大暴れして通報されたとのこと

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父の日で思い出す神経判らん思い出

小学校からの幼馴染みのAの話
家が近所だったのもあり、ガキの頃はよくお互いの家に遊びに行った
休日にAの家に行くとご両親が揃ってたりする訳だけど、これが漫画かドラマにでも出てきそうなラブラブ夫婦だった
お互いを「○○ちゃん」とか呼び合ってべったりくっついて座ってたり、楽しそうにおしゃべりしながら一緒に庭仕事してたりする

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スーパーでレジのパートをしてるんだけど、酷いのが来た。
妊婦の奥さんに商品を山盛りに詰め込んだ籠を持たせてた旦那さん。
目撃したのは品出ししてたパートさん。
カートがあるからぜひご利用くださいと言ったらしいんだけど、何故か旦那さんが必要ないですと言ったらしい。
他のパートさんは奥さんがカートを使いたいと言っていたのを聞いていて、速攻でカート置き場からカートを持っていった。そのときも旦那さんは必要ないいらないと答えていた。
最後に私のレジを通った。

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24歳で結婚。
嫁はメシマズ以前に「料理が出来ない」「偏食(魚、野菜一切ダメ)」。
結婚するまで米を研いだことなし、味噌汁もつくったことなし。(俺が教えた)
結婚して覚えた料理は、ハムエッグ、ベチャベチャ野菜いため、もちもち炒飯のみ。
(ちゃんと教えても、なにかを間違えて失敗する)
1年のうち、300日の夕食を俺がつくることに疲れ、そのくせ好き嫌いが多い。
貯金が好きだったから、俺にもっと稼いで来いというが、サラリーマンが残業以外にどう稼ぐ?
そのくせ、残業で帰宅が21時過ぎになると怒る。
「夕食は21時前に食べないと太るのに」と。
このまま結婚生活を続けても、自分にメリットは一切ないと判断し、俺が28歳の時に離婚。
揉めるかと思ったが、貯金の全てを渡すと言ったら、喜んで離婚届に判を捺してくれた。
(ローンの済んでないクルマまで持っていき、ローンだけ俺に残した。完済したよ)
以来、38歳まで優雅に一人暮らし。

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社会人1年目の頃、実家の都合で、母名義の一軒家で独り暮らししてた時期がある。

あるとき研修のために1週間ほど不在にした後、友人連れて帰宅したら、玄関に知らない女物の靴があって、水の音までする。
2人で恐る恐る覗いてみたら、知らない女が風呂に入ってた。


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神経わからんと言えば、小学校の頃の担任。
うちは父が俺の生まれる前に事故死した(若い父だったので、亡くなった当時まだ20才)。
俺が生まれる5か月前だったので、俺は写真以外で父の顔を知らない。
小学校3年の時、授業で父の似顔絵を描くことになって、俺は父の写真を持参した。
それを担任(その年からうちの学校に来た)に取り上げられた。

「自分の父親の顔くらい、写真を見なくても描けるだろう」

と言われて
子供ながらに殺意わいたわ。


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私は大学進学のため18で実家を出て上京、そのまま関東で就職した。
私が大学3年の時、兄が結婚して兄夫婦が両親と同居。
小姑が泊まるのは兄嫁さんに迷惑だろうと、帰省する時は土産持って1〜2時間お茶いただいてホテルに一泊して帰っていた。
なので実家に8年以上泊まっていなかった。
ある年、お正月前に母から電話があった。兄嫁さんが都合で実家でお正月を過ごすそうで、大掃除の人手が足りないから
今年は帰省して泊まってくれという要請だった。

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うちは両親と祖父母が建てた二世帯住宅を、兄夫婦と妹である私夫婦で相続して、一緒に住んでいる。
5年ほど前、商社マンだった兄が激務による不摂生で大病を患い、一年入院して退職。
会社は引き止めてくれたんだけど、「以前のような働き方は、もう無理」と兄は判断。
その後、兄は半年ほど「早寝早起き」「毎日、1万歩歩いて図書館通い」して、起業。
会社は「テレワーク(遠隔勤務)」主体。
兄のように、かってはバリバリ働いていたが、病気などで一線を退いた人が自宅PCとネット回線で会社とつながり、在宅で仕事をする。
わかりやすく言えば、ネットを使った「PC内職斡旋会社」「ネット外注請負会社」みたいなもの。
兄が商社時代に扱っていた商材と培った人脈で、それなりに軌道に乗った。
登録してもらっている人たちも、かっては大手で働いていた優秀な人なのだが、病気の後遺症、子育て、介護などで、通勤や長時間労働、残業ができないだけで、労働効率はかなり良い。
兄嫁さんもその会社で働き、私も働かせてもらっている。
すごく儲かっているわけではないが、経費を抑えられる分だけ、待遇は良くしてる。


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従兄弟夫婦の知り合いが、海外から東京に遊びにくることになった。
外国人のご一家なんだけど、そこの娘さんがドール大好きなんだそう。
私もドール好きなので、お店など案内して貰えたら…と要請があった。
ちょうどその時期はドールイベントもあるし、私も暇だったので了解した。
丸二日間あちこち案内し、疲れたけど楽しかったし娘さんも喜んでくれて、ご両親も夫婦で東京デートを楽しめたととても感謝された。
娘さんは、一緒に撮った写真や買ったドールの写真を後で送るね!と言ってくれた。
ご両親も、私がハチミツ好きなのを知って、こちらの美味しいハチミツを必ず送るからね!と、手を振って別れた。

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ウチの旦那の話。
2ヶ月前、会社から帰って、さーゴハン作るかと思ってリビングに入ったら
旦那が頭かかえて座ってた。

「今日はやけに早いね?どうした、頭痛い?」

と聞くと

「俺やっちまったかも…」

とorz状態

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幼馴染Aから「離婚した」と連絡がきた。
ちな、Aは子持ちで無職(専業主婦だった)。
青天の霹靂だったから、「どうしたの?全然知らなかったから驚いた」という旨のメールをしたら
・A夫は低収入で向上心がないから嫌気がさした(地方公務員だから低収入ってわけではないと思う)
・子供を育てるにはお金が必要だから医者と再婚することにした。
・そこで、私子に医者を紹介してほしい(私夫は医者)
・離婚してA子両親に勘当されたから、早めによろしくね(ミャハ☆)
とのことだった。


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結婚3年経っても子供出来なくて、義父母の催促キャンペーンが始まるし
義妹からも

「早く甥か姪か見てみたぁい」

とか言われるし
実際私たちも子供が欲しかったので不妊検査をふたりで受けたら
夫の精子が自然妊娠はまず無理ってぐらいに数が少ない上、運動率も悪く奇形率も高かった。
人工授精や体外受精でも難しいと言われ、最初から顕微授精を試みることに。


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世間的にはGWになってしまい、この時期になるとなんだか思い出してしまったので語りたくなった
去年のGWに一人旅をした時に発生したとっても素敵な出来事を語っていくよ

とりあえず当時の俺のスペック

富山出身在住
仕事はジムのインストラクター
26歳♂
176cm
65kg
俳優の平岡祐太に似ていると言われたことがある(後述
そして童貞だ

まず俺は一人旅が好きだった
一人旅と言っても、特に明確な目的もなく遊びに行く感じなんだけどね
今までは北海道、東京、石川、京都、大阪、兵庫、三重、和歌山辺りに行ったことがある
交通手段は車が多いけど、バス、電車、新幹線、飛行機、船等なんでも使う
行き当たりばったりで宿泊は車中泊やネカフェ、カプセルホテルやビジネスホテル、旅館等様々

行ったとこ見てもらって分かるとおり、西日本が多いんだ
そこで今回は東北に目を向けた

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私は姉と一回り近く年が離れていて、姉が結婚した時中学生だった。
姉が結婚してすぐ、父が他界した。
突然だった。
家には専業主婦の母と中学生の私が残され、母は泣き暮らしてた。
心配した姉夫婦がしばらく同居してくれることになった。
母も私も大丈夫だと断ったけど、姉夫婦がはっちゃけてる感じだった。


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昔の話だけど、当時付き合いたてだった彼氏とオイスターバーに行った事があった。
2人ともが牡蠣好きで大喜びで食べたんだけど
食べ過ぎたのかあたってしまったのかお腹が猛烈に痛くなってしまった。
素直にトイレに行けばいいのに、交際1週間?ぐらいだったしまだガチガチに猫被ってたから
なんとなくお手洗い行ってくるねってのが言えずひたすら耐えてた。

店を出てから私が一言も発さないから
彼の機嫌を損ねてしまったのか彼も何も話さず、2人とも無言のまま繁華街を歩き回った。

10分も経つと私のお腹は限界。

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娘が通う園バスの送迎場所でこの春から2人っきりになった奥さんがいた。
その奥さんから

「相談というか、私さんの意見聞かせて」

と言われて話を聞いた。
(ていうか、その状況で聞かないわけにはいかなかった)
で、「感じたまま聞かせて」って言われたから思ったことをそのまま言ったらキレられたw

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今から2年近く前のDQN返しです。
義実家関係者には全員「元」が付きます。

私…当時25歳 某大手会社勤務でとある資格持ち
夫…当時21歳 某私立大学1年生
姑…当時46歳 専業主婦
舅…当時48歳 私父の取引先会社の社長
小姑…当時23歳&14歳 クソ

舅は社長業引退したくて、引き継ぎ相手を探してた。

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友達の旦那さんが、親の病気を機に

「親が心配だ!兄貴(長男)はアテにならない!田舎に戻って俺が親の面倒を見る!」

と言いだした。
でも病気は命に関わりある類のものではなく、衰弱するわけでもない。
アテにならないと言われた長男はたまたま繁忙期で
親の付き添いができなかったりしただけで、別にアテにならない人ではない。

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家族構成
父=会社員 母=専業主婦 祖母=俺が高3のとき他界 俺=長男 弟=俺と2歳違い
俺が結婚して半年くらいして鬱っぽくなった
つづいて嫁も鬱になった 嫁の方が重症だった
弟も同様に結婚して鬱になって、弟嫁も軽度鬱になった
全員鬱っぽくて何もしたくない状態なのに
実家の隣家の人が被害妄想っぽくなって、洗濯物を汚したり、監視するなと電話してきたり
いやがらせをするようになったとかで実家からヘルプがあり
休日がそれでつぶれることが多く、さらに鬱々としていた


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ある場所のATMで並んで前のおばあさんが終わったんで
自分がATM操作始めたらひいいいって悲鳴が聞こえてそっち見たら
店の外の駐車場でおばあさんが倒れてて黒い服着た若い男がそばにいた
おばあさんがその男指差してひいひい言ってて
男がなんか腕に抱えてたけどそのまま駐車場の出口に
その時にやっとひったくりだってわかった
走って追いかけようと思ったんだが俺はまだ店内なので遠い
これはむりかなと思ったらそこに壁の巨人というかマツコ出現
ひったくりがいきなり現れたマツコにぶつかって転んだ

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小学のころ軽くいじめを受けていた
と言っても何らかの理由(詳細不明)で私が汚いということになり
私の周囲に人が近付かなくなったのがエスカレートしたもの
よくある「○○菌ーばっちい!」みたいなの延長かな
友達もいなくなり孤独だったけど、でも特に苦じゃなかった
なぜならあだ名が「煙(G退治用のくん煙剤)」だったから
周りに人が近付かず、私が人だかりに集まればザアアッと人が引いていく光景かららしい
クラスメイトの誰も私に「煙」とつけたことに、とうとう卒業まで疑問を持たなかったらしい
私も特に指摘はしなかった
仕返しは中学の新しいクラスメイトがしてくれた
中学に移り一緒に進級した十数名の同小のクラスメイトは入学の日からニヤニヤしながら
いかに私が汚いか、近付くと危ないかをあだ名付きで新しいクラスメイトに触れて回っていた
そんなときにある男子生徒が、ごく当たり前の疑問を口にした

「煙に近付けないと言うことは、お前らはゴ○○○なの?」

相手を集団でいじめてるつもりが実は自分たちのほうを貶めていることに2年以上越しにようやく気付いた旧クラスメイトは、まさに鳩に豆鉄砲と言った顔だった

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御嶽山噴火から生還された愛知県安城市の方のFacebook手記です。
Itsuya Sugiura added 9 new photos.
まだ鮮明に覚えているうちに、自分用の記録として残しておこうと思います。

9月27日(土)
一日休みがとれそうだったので、
紅葉の御嶽山を子供も連れて家族でのんびり登る為に、金曜日の夜に王滝村、田の原駐車場に向かいました。


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娘が4歳のとき、ショッピングセンター行って来たんだ。
買い物済ませて、ついでに娘に早起きしたご褒美にとおもちゃ選ばせてたんだけど
妖怪ウォッチのコーナーで何にするか迷いすぎてちょっとぐずった。
それをなだめてたら、いつの間にか警備員2人と警察2人に囲まれてて、ちょっとこちらへと
事務所みたいなところに連れて行かれた。
何かあったのかとびびってたけど、まあびっくりだよ。
俺、幼女誘拐犯ってことになってた。

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家に帰ってきたら、お気に入りの雑貨や洋服類が減っていた。
妹が犯人だった。
妹曰く、

「友達にフリマに誘われた。売る物がなかったからお姉ちゃんの部屋の物をちょっと売った」

とのこと。

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住み込みのお手伝いさんがいて俺は小学校低学年までその人がお母さんだと思ってた
ずっと下の名前で呼んでたけど、ある日何となく友達がそれぞれの親をそう呼ぶように

「お母さん」

って呼んでみたら泣きながら違うよって言われた
たまに家で会うよく知らないおじさんとおばさんが両親だと知った
毎日帰って来ていたらしいが朝早く出て夜遅く帰って来るうえ、今で言うネグレクトだったんだろうな
そのうちお手伝いさんが妹を産んで本当のお母さんになった

俺としてはお母さんじゃないって言われたときも幼心に修羅場だったし、数年経って今日からお母さんって言われたのも修羅場だった
本当の母親だったよく知らないおばさんは家に来なくなった代わりに、父親は早く帰ってくるようになった
俺は進学で家を出るまで父親にはなじめなかったが、お手伝いさんだった母親は俺に良くしてくれて、家を出てから20年近く経った今でも交流がある

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私が小学校高学年の頃、父が9桁の借金を作った。
いろんな人に借りまくって、膨れ上がったみたい。
学校から帰ってきたら、普段パートに出ている母がマンションの前に立っていて、どうしたのかと尋ねると

「もうこの家に住まれへん」

と泣き出したのが第一の修羅場。

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私の父と私は血のつながりはない。
血縁上の父親は私が生まれてすぐ出ていったそうだ。
だから顔も名前も知らない。

私が2歳か3歳かの時に母が再婚して今の父と一緒に住んでいた。
そしてすぐに弟も生まれて何不自由なく父と血が繋がっていないことを除けばごくごく平凡な家庭だった。

小学校1年の時母が突然いなくなった。


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