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 ・体験談:祖母のためと思ってついていた嘘を従兄弟がバラした [感動] (12)
 ・体験談:みっちゃん! [感動] (6)
 ・体験談:携帯に熊殺しと登録した相手 [感動] (3)
 ・体験談:私が幼稚園の頃、母は再婚しました [感動] (10)
 ・体験談:2年前のちょうど今時、深夜1時頃にある父子が客で入ってきたんだ [感動] (13)
 ・体験談:あなたの為なら何でもします!付き合ってください [感動] (15)
 ・体験談:あのババァより家事が上手くなって絶対潰す [感動] (3)
 ・体験談:母のお腹の中にいる頃に事故に遭って死んでしまった [感動] (15)
 ・体験談:親父の形見のほぼ半世紀前のSEIKOの時計 [感動] (6)
 ・体験談:自分でもプロレスをやりたいと思ってプロレス教室で出会ったのが嫁 [感動] (6)
 ・体験談:俺はオカマバーで嫁とあった [感動] (5)
 ・体験談:俺が20歳の時に兄貴が8歳の女の子がいるシングルマザーと結婚 [感動] (13)
 ・体験談:中学校で防災訓練があった時の話 [感動] (11)
 ・体験談:父は無精子症。しかし結婚一年目にして母が妊娠 [感動] (6)
 ・体験談:私の実家と夫の実家のぎくしゃくが原因で起こった事件の話 [感動] (4)
 ・体験談:職も金もない人生どん底で人間不信女性恐怖症を発症していた俺 [感動] (4)
 ・体験談:ゲロまみれの山姥を拾ってオシッコかけられたのが出会いでした [感動] (3)
 ・体験談:今まで古い女にネチネチやられていてもスルーしていた旦那 [感動] (5)
 ・体験談:高卒で就職したら職場にスゲェー美人がいた [感動] (4)
 ・体験談:6才下の妹が助けを求めて大学凸してきた [感動] (6)
 ・体験談:俺が高校2年に上がった頃に嫁が新任で入って来た [感動] (7)
 ・体験談:義弟が義兄になった話 [感動] (7)
 ・体験談:ホウキとチリトリ持って掃き掃除してる金髪ショートカットのギャルの後姿が写っていた [感動] (4)
 ・体験談:ロシア人の奥さんは全く日本語が話せなかった [感動] (7)
 ・体験談:「俺君だよね、私憶えている?」 [感動] (10)
 ・体験談:中学ん時すごい背が低くてさ中三で148cmしかなかった [感動] (11)
 ・体験談:途中コンビニに立ち寄った時にポケットに携帯がないのに気づいた [感動] (7)
 ・体験談:うちの嫁は兄弟がイケメンだったせいで、ブサメンの俺を選んだ変人ですw [感動] (12)
 ・体験談:10数年ぶりに彼氏が出来た [感動] (8)
 ・体験談:料理に自信がないといっていた通りマズメシなうちの嫁 [感動] (9)
 ・体験談:お土産買ってもいい〜? [感動] (7)
 ・体験談:スーパー良トメだった義母が癌で余命宣告を受けた [感動] (13)
 ・体験談:あんまり知られてないみたいなんだけど、養育里親って制度がある [感動] (6)
 ・体験談:お願いだからお弁当には毎日ごぼうサンドイッチを入れて欲しい [感動] (13)
 ・体験談:絶対みんなにバレないようにあなたが隠して持ってなさい [感動] (10)
 ・体験談:私、主人にはとても感謝しています [感動] (11)
 ・体験談:親友のAちゃんがテディベアのぬいぐるみをプレゼントしてくれた [感動] (8)
 ・体験談:入社後配置された同じ部署で、旦那はいきなり天才ぶりを発揮したw [感動] (9)
 ・体験談:とある歌手の大ファンだったんだけど、その歌手があるときスキャンダルで干された [感動] (9)
 ・体験談:大学生の時、なんか地味でダサくてセンスの無い男が同学年にいた [感動] (5)
 ・体験談:嫁は俺と同じ会社の同じ階一つ隣の課に配属された [感動] (7)
 ・体験談:なんでお前ら呑気に笑ってんの? [感動] (7)
 ・体験談:28の時、3つ年上で3歳の女の子がいる夫と結婚した [感動] (15)
 ・体験談:当時嫁は一番可愛い女子グループに所属しており・・・ [感動] (8)
 ・体験談:以前からマグナ50っていうバイクがすごく欲しくてパートのお小遣いを貯めたりしていた [感動] (11)
 ・体験談:幼馴染のA子がアポなしでやってきた [感動] (6)
 ・体験談:プロフィールを見たら皮膚の病気があるとの事 [感動] (12)
 ・体験談:窓から下を見ると、真夜中の街灯の下、女性が倒れていた [感動] (3)
 ・体験談:某所で崖から転落した車が発見された [感動] (8)
 ・体験談:自分が逮捕されて今嫁が好きだと気づいた話です [感動] (4)

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祖母のためと思ってついていた嘘を従兄弟がバラした。

祖母と祖父は村の中ではおしどり夫婦と呼ばれるほど仲が良かった。
祖父は仕事で出張に行くと出張先から毎日手紙を書いた。
祖母も毎日返事を書いた。
ある日、出張先で祖父が事故で死んだ。
家族と村人のみんなは祖母のために祖父が死んだ事をひた隠しにした。
祖母のために郵便局員は毎日祖父の筆跡を真似て手紙を書き続けた。


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父方が本家だ分家だ云々がある家系なんだけど
(ただし父や私の代はもう血が遠すぎて分家扱いもされていない、一般家庭)
私が幼稚園の頃、大規模な法要があって、初めて本家に行くことになった。
父親に連れられて本家の門をくぐった途端、突然

「みっちゃん!」

って叫ぶように呼ばれた。

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10年程前に牡鹿半島で釣りしてるときに凄い音したと思ったら15mくらいある堤防下に熊が落ちて血まみれになってたのにはビビった。
俺を襲おうとしてたらしく丁度熊の後ろから俺の登り梯子勝手に使って登ってきた人がヤバいと思って登り梯子で殴ったら上手いことふらついて海に落ちたそう。
助けてくれた人は地震の津波で亡くなった。
携帯に熊殺しと登録した相手がまさかなぁとがっくり来た。
子供が生まれたばかりで奥さんと子供は生きてるかもと探した。
子供は亡くなってて奥さんは見つかった。
パートに出てて親に子供を預けてそのまま、らしい。
その土地に居るのも辛いとのことだったので最終的には仙台に呼んで奥さんは親戚の会社で雇って貰ってる。
社長の奥さんに気に入られてて居心地よく充実してるらしい。
奥さんと妻も仲良いから救われてる。
少しでも熊殺しに借りを返せればと思うが何か一先ずは平和そうなので気負わずのんびり奥さんに返せ良いかなと最近思うようになった。

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私が2歳の頃、父が交通事故で死に、私が幼稚園の頃、母は再婚しました。
相手も奥さんと死別したコブ付き。
そのコブが私と同い年、ただし、男の子。
私の方が6ヶ月ほど年上でしたが、向こうが背も高かったので、弟という感じもしません。
なので、弟(仮)とします。
母と私が、新しい父の元へ引っ越す形で同居が始まりました。


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少し前、資格とりたくて数年勤めた職場を退社してフリーターしながら資格の勉強してた。
バイト先は牛丼屋で、基本は22時から朝までのシフト。
2年前のちょうど今時、深夜1時頃にある父子が客で入ってきたんだ。

父親は30代くらい。
子供は女の子でたぶん2才〜3才くらいかな。
深夜にもかかわらず女の子は眠い感じがなく、活発に喋ってた。
お冷を持っていったら

父親「ちょっと注文考えさせて下さい」

と。


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俺は親父を3歳の頃事故で亡くして母子家庭で母はキャリアウーマンとして毎日忙しく働いていた
なので母方の祖母に預けられていた
母はそれなりに重役だったらしく金持ちではなかったが金に不自由はしてなかった
ここまでが前提

嫁と出会ったのは小学生の時
小さい学校で学年は50人ほどなので全員を覚えるのはすぐ
嫁もそのうちの一人だった


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夫は次男だが長男が遠方(といっても高速で2時間程の距離)に就職、そのまま現地で結婚してしまったので私達が義実家で同居することになった。
皆さんは何でそれで同居になるの?アホか!と思われるかもしれませんが
当時無知な私は「兄が出ていったから俺達が俺実家で同居な〜」と夫と結婚する時に言われて、そうなんだ。
とバカ正直に納得w
えぇ苦労しましたよ。
家事全般に渡ってあれダメこれダメと言われ生来短気な私はトメさんとバトルすること数知れず
あのババァより家事が上手くなって絶対潰す!と意地だけで同居を継続していました


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私の父は、私がまだ母のお腹の中にいる頃に事故に遭って死んでしまった。
だから私はずっと母と2人で暮らしていたんだけど、小学生になった頃に母が再婚し、父と4つ上の姉ができた。
もちろん母は私にすごい気を使って、

「(私)がこのまま2人で暮らしたいならそうするよ」

と言ってくれてた。

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親父の形見のほぼ半世紀前のSEIKOの時計を時計コレクターの同期に会社の飲み会で爺臭いと馬鹿にされた

時計よくわからんし愛着あるからと笑って流してたら
70越えの会長が昔若い頃に無理して買ったのと同じだと騒ぎだした

手巻きで正規メーカーもパーツがもうないので
修理出来ないまだ動くのかと羨ましがられたが
俺はアンティーク時計直せるとこで修理してたので紹介したら凄い喜ばれた

会社で会うたびにスチャっと時計を見せつけてくるお爺さん会長がお茶目で時計も渋く似合ってて
やっぱり値段だけじゃないなとそのとき衝撃っていうか感動した
形見だと言ったら親父さん幸せもんだと言ってくれて嬉しかった

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17歳の時にプロレスにハマり、自分でもプロレスをやりたいと思ってプロレス教室で出会ったのが嫁
3歳年上の20歳で女子大生の嫁は身長175cmあるショートヘアで筋肉質の女だった
そこそこ美人だけど第一印象では全く好みじゃなかった
小柄な感じの女の子が好きだったから「本当に女か?」ってのが最初の感想
でも実際接してみたら全然見た目の印象と違った

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俺はオカマバーで嫁とあった

どっちもIKKOじゃないんだがどちらかといえば俺がIKKOだ
トランスジェンダーを貶すような内容があるんで注意してくれ

俺が学生のときにオカマの振りをするのにはまってたんだ
真っ赤な口紅塗って青髭蓄えたままケバ目の化粧して派手な服をきる
そしていつも同じくらいの時間にちょっと遠目のマ○クで朝マ○クを食べに行く
いつも同じ

「コーヒーと・・・ソーセージ(はぁと)。コーヒーはあんんんまいのね」

と男声で言って遊んでた

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俺が20歳の時に兄貴が8歳の女の子がいるシングルマザーと結婚して、俺と親父が住む家(母親は俺が中学の時に亡くなった)からすぐ近くのアパートで新生活を始めた。

兄嫁さんはメチャクチャ美人だし、近距離とはいえ別居している俺と親父の分まで毎日夕食の準備をしてくれるような優しい女性。
その娘である姪も母親似の美少女だし、暇を見つけては(というより毎日)俺と親父の家に顔を出してくれる優しい子だった。
兄貴も兄嫁さんはもちろん、姪のことも本当に大切にしていて『幸せ家族』って言葉を検索したら兄一家と出てくるんじゃないかってくらいに幸せそうだった。


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中学校で防災訓練があった時の話。
教室は三階まであったけど、公立中学校だからエレベーターはなかった。

そんな中、クラスのリーダー格が足を骨折をしていて、そいつだけは防災訓練中も教室で待機ってことに朝のホームルームで
決まっていた。

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父の修羅場
父は無精子症。しかし結婚一年目にして母が妊娠

父「」母「相性が良かったのね」

「出来無くも無いけど、出来無いかもしれない」

婚約中、自然妊娠は極めて難しいという診断結果を若干オブラートに包んでみた結果

「出来なくてもいいよ。二人で仲良くやっていこう」

と大らかに笑ってくれた女である


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修羅場とは少し違うけど、私の実家と夫の実家のぎくしゃくが原因で起こった事件の話

義実家は絵にかいたような上流家庭で、割と貧しい家で育った私は、その空気にあまり馴染めなかった
うまく溶け込もうとはしていたのだけど、住む世界が違うという感じで、どうも話がかみ合わない

義両親ももったいないくらい優しい方々で、馴染めない私にとても気をつかってくださったのだけど、そうすると余計に疎外感を感じてしまって、うまくいかなかった

私自身がそうなのだから、私の実両親はもちろん義両親とうまく付き合えず、実家と義実家はほとんど交流がなかった


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職も金もない人生どん底で人間不信女性恐怖症を発症していた俺(25)が人間不信男性恐怖症だった恩人の娘さん(17)に家庭教師することになったのがきっかけ。
今思えばいくら「持ってる」恩人とはいえ無茶したものだと思う。

登場人物
俺 フツメン 人間不信の上女性恐怖症を発症
現嫁 Aさんの娘 人間不信の上男性恐怖症を発症
Aさん 現義父 入社当時の直接の上司で大恩人
B君 地元支社に異動してきた後輩
元嫁 幼馴染 俺のトラウマの元凶の片割れ
クズ太 同級生で同僚 俺地元の名家の出 俺のトラウマの片割れ
逝 イケメン 現嫁の同級生 現嫁のトラウマの元凶 


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妻とは、真冬にゲロまみれの山姥を拾ってオシッコかけられたのが出会いでした。
その後我が家へ居候→住み込み家政婦化→交際に発展、と言う流れで、妻の借金(連帯保証人)など少々問題がありましたが去年ようやく入籍に至りました。
今年は、遅ればせながら近しい人達だけを招いて小さな式をあげる予定です。

後々そのようになってた経緯を詳しく聞きました。
・当時妻は借金の肩代わり返済でにっちもさっちもいかない状況
・帰宅したらポストにアパートの最終退去通告が大量の督促状と共に入ってる
・糸が切れて自暴自棄になり最後の所持金全部使ってお酒や菓子パンを暴飲暴食
・めずらしく雪が積もった深夜に雪馴れしてない妻がえずきながら雪上を歩く
・当然のごとく足をひねって転び背中をうちつけその拍子に噴水リバース
という流れで、自分が通りかかったのはそれからしばらくしてからだそうですが
自分の前に通りかかった人には無視されたそうです。
都内なので仕方ないですね。

この時、顔から髪から上半身全部がゲロまみれ、髪が顔中にへばりついて山姥でしたし。


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今まで古い女にネチネチやられていてもスルーしていた旦那が
最近庇ってくれるようになった。
嬉しいというより、不審で気味が悪かったので「何なの今さら?」ときいたところ、「お前の弟に怒られて泣かれた」そうな。

「うちの親は忙しくて俺は姉ちゃんに育ててもらったようなものだ。
 ブスだけど優しい姉ちゃんであんたにもらってもらえて、幸せになれると思って本当に嬉しかったのに、
 なんであんたの母親から守ってくれないんだ?
 粗末にするなら返してくれよ、そんで他の幸せ探させてやってくれ」

ぬぼーっとしてる弟がいつの間にそんな話を…と思いつつ泣けた。

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高卒で就職したら職場にスゲェー美人がいた。
これが将来の嫁子。

腰からケツのラインはもう最高。
年齢は28歳。
俺より9歳年上で独身。

先輩に誰もアタックしなかったの?と聞いたら

「いたさ、何人も。でもみんな玉砕だったな。彼氏とかいるんだろ。でもなかなか結婚しねーな」

どうせ玉砕するだろうから、俺もアタックしてみよっと軽い気持ち。

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6才下の妹が助けを求めて大学凸してきた時
俺を探し回った上にその後の修羅場にも力を貸してくれた
っつーか主体となって色々動いてくれたのが今の嫁

今日妹の結婚式で二人で号泣してきた

俺が大学3年の時、中3の妹が突然大学にきた

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俺が高校2年に上がった頃に嫁が新任で入って来た
それまで俺には片思いの女の子がいたんだけど
教壇に立つ嫁を見た時に惚れた惚れたズッキューンと来た
眠そうな顔つきに落ち着いた口調
どストライクw 見た瞬間ふあぁぁぁって感じww
現在は嫁好きエロ夫だが当時の俺は童貞優等生だった

生徒会末端にいたので職員室によく出入りして嫁とも気軽に話すようになった
前情報では彼氏がいないのを掴んでいたので誰かに取られたくないって思って
告白を決意したんだけど強い印象を与えたいから考えた

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義弟が義兄になった話でも。

自分29歳 都内会社員
今嫁23歳 都内近郊事務員
義弟25歳 お隣の県で会社員
前嫁24歳(当時)元会社員

前嫁とは大学の時の同級生で、学生の時に同じ講義を受講してた縁で友達に→彼氏彼女になる→お互い就職→24歳で結婚。
当時は金もなかったし、両親ともに地方なのでウエディングドレス着て写真だけ撮って終わりにした。
今思い返すと、無茶してでも結婚式あげておけば良かったなって思う。


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転職先の会社までの行き方調べるのに
グーグルマップのストリートビュー見てたら、会社の玄関前の道路でホウキとチリトリ持って掃き掃除してる金髪ショートカットのギャルの後姿が写っていた。
この会社すげーなwwwって思ってたらそのギャルが去年嫁になりました。

面接受けて入社となり、初日に事務所で挨拶したときに、お目目クリクリ金髪ショートカットの嫁がいた。
ほんとに居たよwwwって思って笑いそうになったけど我慢した。
そしたらなんと嫁の隣の席のデスクだった。
めっちゃ可愛い!!一目惚れ!!とか全くなくて、その時嫁には彼氏がいて俺は不倫してた。
なのでお互い恋愛対象として全く見ていなかったどころか、ギャルっぽいしこいつはないわぁって思ってたぐらい。
俺は黒髪ポニーテール最強!と思っていたので金髪ショートカットには見向きもしなかった。
真逆だもの。


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義理の兄の奥さんに衝撃だった話


夫の兄は仕事で長いこと海外で暮らしている

そこで同じくロシアから仕事で来てる奥さんと知り合って結婚することになった

以下彼女を奥さんと記述します


初めて会った時、ロシア人の奥さんは全く日本語が話せなかった

義兄が通訳してくれたので話してみたら、とても明るくいい人だと思った

相手の奥さんも会話を楽しんでくれたようだった

会話の最後、奥さんは


「日本語を絶対に覚える。今度は日本語でお話しましょう」


と宣言していたと、義兄に通訳してもらった



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就職して、地元の近くの工場に配属になった。

我が社は営業職でも、自社製品の理解との名目で2,3年現場に配属される。

幸運な事に、実家から車で通える距離なので、大学進学て東京に出て以来戻ることになった。

地元は、車がないと生活ができない、娯楽と買い物はジャスコ(現イオン)しかないという典型的な田舎。

大型書店もジャスコ内にしかなかったので、休日に出かけて行って立ち読みしていると、女に肩たたかれた。


「俺君だよね、私憶えている?」


「高校の時の同じクラスだった、Nさんだよね」(5分くらい考えて、やっと思い出す)


高校の時の同級生で、当時はほとんど話したこともない女だった


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実家に帰省して中学時代の学ランを見つけて懐かしくなった


俺中学ん時すごい背が低くてさ中三で148cmしかなかったのよ

それがコンプレックスで女子を前にすると真っ赤になって話もろくに出来ないコミュ症だったんだ(今でも女性と話しする時は緊張する)

顔も童顔で勇ましさの欠片もなかったから女子からよく弄られては顔真っ赤にして固まってたんだ

そんな時いつも


「みんなやり過ぎだよ〜ゴメンね俺くん」


って助け舟を出してくれてたのが嫁さんだった



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その日俺は注文していた原チャリが届いて浮かれていた

車で通ったこと無い道をならし運転と冒険を兼ねて走っていた

途中コンビニに立ち寄った時にポケットに携帯がないのに気づいた

慌てて公衆から自分の携帯に掛けてみた


俺「あっ、もしもしっ」


嫁「はい」



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同世代の写真部出身だけど、俺の学校含めて近隣の写真部はみんな似たようなことやってたな

・望遠で盗撮

・さりげなく背景の一部として撮影

・校門前で堂々と「写真撮らせて」※

・文化祭で写真撮って「後で送るから連絡先教えて」※

などなど


まぁ※のせいで、世の中の理不尽さも学んだのは良い思い出

なお、うちの嫁は兄弟がイケメンだったせいで、ブサメンの俺を選んだ変人ですw


自慢みたいになるけど嫁は美人だよ



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10数年ぶりに彼氏が出来た。


私には姉の置土産の子供同然に育ててきた姪と甥がいて、ここ十年母親業に専念してて、色恋沙汰とは無縁の世界だった。(当方30代半ばのババァ)


姪と甥が成人を迎え、10年ぶりの一人暮らしになったので、少し寂しく思っていた。

たまに飲み行ったりご飯行く程度に仲の良い後輩(20代半ば)から結婚を前提にお付き合いして下さいと告白された。

びっくりして、私には子供同然の姪と甥が居るし、私は婦人系の病気をして子供は望めない。

まだ20代なんだから、十も違うババァを貰っても仕方ないだろw気持ちだけもらっとく!とお断りをした。

だけど後輩は諦めなくて、約5ヶ月毎日告白してきたw毎日お断りしてたけどw



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結婚一ヶ月、料理に自信がないといっていた通りマズメシなうちの嫁。

鳥の肉にオレンジやラズベリーみたいなジャムをかけたり

せっかくの新鮮なイワシをトマトで煮込んでみたり

カボチャのサラダが甘くて菓子の材料が混ぜ込んであったり

毎日夕食を食うために帰るのが憂鬱になるような料理ばかり。


それが昨日、同僚夫婦と一緒にハイキングに行くことになった。

マズメシを知られるのが恥ずかしくて


「おにぎりでいい」


っていっておいたが

嫁は俺が起きる前にはりきって弁当を作ってしまっていた。

昼になったら俺の思惑をよそに


「よかったらどうぞ」


なんて

嫁が同僚夫婦にマズメシをすすめていて俺は終わったと思った。


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水族館の中の土産物屋さんでな
6歳の1人娘が

「お土産買ってもいい〜?」

ってな

嫁が「自分のお土産?だったら娘ちゃんのお財布に入ってる1000円までにしようね!」

娘「うん!」

職場や娘友達とかの家族に俺と嫁も別々に数多く選んでた

娘はキラキラしたものが好きで真っ先に指輪をチョイス(300円)

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何事もチャキチャキサバサバとこなしていく
スーパー良トメだった義母が癌で余命宣告を受けたときに
普段と全く同じチャキチャキした勢いで
あっと言う間に家を整理してしまったのが衝撃だった。
かなり衣装持ちな人だったのに最低限の洋服を残してサッパリ処分。
小さなタンスに入院介護に適した下着類とパジャマ類を多めに入れて
普段着は本当に最小限。
あとお気に入りのスーツが1着。
正月に義実家で集まったときに全員に向かって今後の指示を出すと共に

「タンスのスーツは棺桶に入る時用だから忘れないで着せてね!」

と宣言。
遺影用の写真はコレ・葬儀屋はあそこ・でも最小限の葬式でいい・連絡して欲しい人リストはこちら・遺産というほどの物は義実家くらいだがここは査定価格でこれくらいだから誰も住まないなら売って分けろなどなど。
諸々の指示をサクサクと飛ばして義実家で3ヶ月一人で過ごした後に
自分で選んだホスピスに入って2ヶ月で先に亡くなってた義父のところに旅立った。
ホスピスに入ってから義実家に行ったら本当に何もない。
でも誰かが泊まるくらいは出来るように最小限の布団や食器は残してある。
ちょっと古びた旅館みたいな感じになってた。
なんというか潔く綺麗な旅立ちで悲しむよりも先にあっけにとられた。
最後の荷物に年代別の家族写真を見つけて初めてみんなで泣いた。
自分も見習いたいと思う。

 

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ほぼ母の自慢話と俺の自爆話になるんだけどw
話に出てくる子の名前は仮名。
あんまり知られてないみたいなんだけど、養育里親って制度がある
うちは俺が小学生になった位から養親になって子供預かってた
養親って子供を養子にするんじゃなくて、施設の代わりを一般家庭がする。
だから一定期間過ぎたら親元や施設に帰ってく
短い子だと、1、2週間とかね
うちでは基本俺より小さい男の子で(経験があるから)と児相に申請してたんだけど
ある時期養護施設がいっぱいになってどうしてもお願いしたい。って言われてうちに来たのがイチ兄だった

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本当に些細な事なんだけど、現在進行形で衝撃なこと

夫と結婚する前、お願いだからお弁当には毎日ごぼうサンドイッチを入れて欲しいと言われた。
ごぼうが大好きだから毎日食べたいんだって。
毎日ってwって思ってOKして、さて何日で「たまには違うサンドイッチにしてくれ」って言われるかな?って思いながら毎日作り続けていたらいつの間にか結婚して15年が経っていた。
15年間週5日毎日ごぼうサンドイッチを食べ続けて飽きない夫に、どれだけごぼう好きなんだよ、とまず衝撃。

この前ふと、我が家のごぼう消費量を調べてみた。
月に50本は消費してた…
ほとんど夫のせいなんだけど、(週に二回はごぼう料理をリクエストされる)本当にどんだけ好きなんだw
我が家のごぼうエンゲル係数にまた衝撃。

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もう10数年前だが、祖母が新聞紙に包まれてた重い何かを私に渡して、

「絶対みんなにバレないようにあなたが隠して持ってなさい。
 私が死んだらそれを持ってこの家を出なさい。
 必ず大事に使いなさい、この家にもう戻ってはいけないよ」

と言った。

この時私は高校出て、家事と寝たきりの祖母の介護をしてた。
夜の介護も私なので同室。
大学は

「馬鹿だから行くな」

と親に言われた。

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私、主人にはとても感謝しています。
もう、30年も前の話ですけどね。

私の実家は田舎の農家です。
24歳の頃に親に勧められるままにお見合い。お相手は、両親も知っている地元の人でした。
地元の中小企業に勤めてましたが、こちらも実家は農家でしかも長男。
農家の長男に嫁入り、これだけは正直嫌でした。
両親は、ノリ気で「私子どうするの?このお話し進めてもいいの?」といつもプレッシャーが。
とはいいつつも 当時の私にお見合いの話をご破算にするような結婚話も無く悩んでいました。

そんなところに主人が登場。

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結婚するとき、親友のAちゃんがテディベアのぬいぐるみをプレゼントしてくれた。
その友達、テディベア作りが趣味な人でウエディングドレス姿のを作ってくれて
それがすごく可愛くて、ケースに入れて棚に飾っていた。
あれから四半世紀が経って、現在私は認知症の義父を在宅介護中なんだけど
その義父が私が気付かないうちにそのテディベアをうちのトイプーにオモチャとして与えてしまった。
私が気付いた時には目と鼻がもげて片手が千切れていた。
トイプーを叱るわけにもいかないし、義父に言っても分かんないし
半泣きで裁縫道具を出して慣れない手つきで修理していたら
パンヤの中に何か薄くて固いものが入ってるのに気付いた。
なんだろうと思って出してみたら、幸福駅の切符だった。
そして重ねるように小さな紙が入ってて「見つかっちゃった?えへへ」とイラスト入りで。
涙腺決壊・・・もう泣けて泣けてその日には何もできなかった。
なんでこんないい人が45歳の若さで珍走団なんかに殺されなきゃいけなかったのか。
泣きながら元通りパンヤの中に埋めて、元のテディより不細工になっちゃったけど頑張って縫った。
糞じじいいいい!と思ったけど、おかげで気が付けたからヨシとしよう。


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旦那は私が入社した会社の同期。
入社リクリエーションの研修でも
これといって特徴のない人畜無害系な感じで同期女性からは話題にも
上がらず。

入社後配置された同じ部署で、旦那はいきなり天才ぶりを発揮したw

あまり詳しく書くと身バレしそうだけど大手外資コンサルに委託してた
流通関係のフロー構築を数日で一人で完成させたり、
いきなり担当外の製造工程の改善提案(激的に改善された)を出したり、
どんな速度で物を考えているのか私の頭では完全に不明な生き物と判断していた。

懇親会の時に少し話した事で意識しだした。
旦那は親の工場で事故があり両親とも他界され身寄りがないそうだ。
だから流通や製造での事故を無くすために頑張るんだと照れながら語ってた。
ウチも父親が交通事故で死んでいたため、おとなになっても他人が悲しまないために頑張るという旦那に惚れたww
顔とか全然タイプじゃないのにww

付き合い始めて2年で結婚、すぐ男の子が生まれ今は小学生。
妖怪なんちゃらより宇宙と光と速度計算に夢中な謎小学生に育ったが理系の旦那も喜んでいるし
旦那と私の遺伝子の結晶を残せて凄く幸せだ。


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もう大昔の話。
姉は当時、とある歌手の大ファンだったんだけど、その歌手があるときスキャンダルで干された。
テレビにも出演しなくなり、大勢いたファンもどんどん離れて行ったらしい。
姉に「残念だね」と話したのだけれど、姉の方は「私はそれでもあの人のファンだから」と、ファンレターを送り続けていた。

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大学生の時、なんか地味でダサくてセンスの無い男が同学年にいた。
髪はボサっとしていて眼鏡をかけており、服装も変。
そしてやたら背が高くて色黒だった。
顔立ちはくっきり二重で、よく見れば悪くない。
身だしなみをしっかりすれば普通にモテるんじゃないかと思われる人。
「一人にしてくれ」というオーラを四方八方に振りまいてたから友人はいない。
派手目な女子達は

「あの男は恋愛対象外w死んでもナイw」

と嘲笑っていた。

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嫁は俺と同じ会社の同じ階一つ隣の課に配属された。
しかし配属後1年は挨拶程度で何の関係も持たなかった。
嫁は違うと言うが俺は嫁を魅力的と思えなかったので意識する事はなかった。

実家が高度成長期に土地成金になったクチで
嫁は根っからの上流階級に少々コンプレックスを持っている。
加えて容姿がデブスだったのが災いしお嬢様女子校時代は底辺グループに属して居たらしい。
別に卑下する必要ないと思うがコネ入社だった事も気にしていた。
自分は社会に受け入れられないと悩みちょっと残念な大学・OL時代を過ごしていたと思う。

ある日夜8時半ごろ誰も居ないはずのオフィスに帰るとコピー機の前で嫁が奮戦していた。
よく聞くと3人でやるはずだった仕事だが、先輩OLは年休を取り、後輩の新入OLはデートだからと帰ってしまったという。

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よくある嫁イビリ(アポ無し凸、ご飯マズーペッ(゚Д゚)、最近太った?等の嫌み)を受けてて、私も最初はやだートメさんったらーで流してた。
今は最初から言えばよかったと後悔してる。
でもだんだん嫌になってきて、ウトも夫も「トメは本当に嫁(私)が好きだなぁ」って笑ってて、夫にもうヤだと伝えても「冗談だろ、母さんお前が好きなんだよ」で一蹴。
離婚も視野に入れながら、でも結婚してから夫の希望で専業主婦になった私に離婚してからやって行けるか不安だった。

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28の時、3つ年上で3歳の女の子がいる夫と結婚した。
私は初婚。
彼とは同じビルに入っている会社に勤める者同士として顔見知り程度だったのが
そのビル主催のビアガーデンで仲良くなった。
でも私は理由があって恋愛はしないと決めていたし、(今思えばかなり無理してた)
彼がバツイチだと言う事も小さな子供がいることもあって
まさか好きになるなんて最初は全く予想していなかった。
実は私は20代前半で両方の卵巣を摘出しているので子供を産めない。

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高一の一月、寒い早朝だった。
同じクラスだった嫁は隣の列の2つ前、教室には二人きり。
この状況が気の緩みを生み、結婚に至る会話を呼んだ。

何故なら、当時嫁は一番可愛い女子グループに所属しており、そのメンバーに声を掛けて良いのは一番カッコイイ男子グループのメンバーのみという不文律があった。
そんな美味しいグループに属していなかった俺と嫁には接点が無かったのだった。

嫁は、公立高校とは言え、お洒落に気を配っていたので、スカートの丈を階段で見上げれば下が見えるのでは?って位に短くしており、当然素肌の太腿を大胆に露出していた。

でも、冷え性なので冬の朝は血行が悪くちょっと紫がかっていて、学校に着くと冷え切った太腿を手で摩擦して暖を取る癖があり、それはなんとく辛そうに見えた。
そしてその日も籍につくなり音を立てながら摩擦を始めた。

俺「いつもそれやってるよね?」

嫁「…」

手を止めこっちを振り向く。

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私はバイクが大好きなんだけど
好きっていっても原付限定でスクーターに乗っていた
でも以前からマグナ50っていうバイクがすごく欲しくてパートのお小遣いを貯めたりしていた

生活費のこともあるのでちょびちょび貯金していた時旦那が

「無理しないで、原付のお金俺がお金出すよ?」

と言ってくれたけど生活費を多く払ってくれてる旦那にそんなことさせられないと
最後まで20万円ためた。


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まだ20代前半の頃のはなし
私は上京して一人暮らしをしていた。
そこへ幼馴染のA子がアポなしでやってきた。
久しぶりに会うA子にすごくビックリした。
結婚してA子も東京にいるのは知ってた。
まだ携帯もネットも普及していない時代だったから、年賀状で近況を知らせ合うのが当たり前。
A子の顔は痣だらけで、こんな言葉は当時はなかったけど、DVだと察しはついた。
話をきくと、A旦那は賭け事で借金がかさみ、A子に風俗へ行くように命じた。
A子拒否。

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我が家は結婚相談所でのお見合い結婚。

そこで初めてお見合いした人が彼だった。

お見合いは彼からの申し込み。

彼はいわゆる研究職で収入、学歴全てがかなりいい人だった。


なんでこんな人が私なんかにお見合いを申し込んだんだ?と思ってプロフィールを見たら皮膚の病気があるとの事。


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 数年前の修羅場

私は女で当時イラストレーターの仕事してたんだけど
その日は数突然体調不良になったイラストレーター仲間の穴を埋めてほしいと
納期が迫った仕事を引き受け、毎日真夜中までパソコンに向かってた(パソコンで絵を描いていた)

その日も作業を進め、少し休むかーと思いながら空気の入れ替えのため窓を開けると
なんかうぅうぅ〜みたいなうなり声がする
当時二階建てのアパートの二階の部屋に住んでいて開けた窓は外の道路に面していた
窓から下を見ると、真夜中の街灯の下、女性が倒れていた

窓から

「大丈夫ですかー」

と聞いたけどうううぅぅと苦しんでいる

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某所で崖から転落した車が発見された。

発見したのは8歳の男の子。

救急隊員が車を運転していた外国人男性と助手席に乗っていた女性が死んでいるのを確認。

後部座席にいた5歳の女児はまだ生きていた。

女児はすぐさま病院に運ばれた。



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自分が逮捕されて今嫁が好きだと気づいた話です


当時のスペック

俺28

ピザオタ会社員

学生時代まったくモテず、22でソ○プで筆下ろし

28になった瞬間モテ期到来でセフレ作って調子乗りまくり

まじkz男



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