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 ・体験談:酒乱父から暴力を受けていた女の子を助けた [感動] (8)
 ・体験談:私は付き合って暫くは旦那が好きじゃなかった [感動] (6)
 ・体験談:付け合せの人参のグラッセなど簡単なものは私が作っています [感動] (9)
 ・体験談:二人揃って頭弱い両親から出来婚にて生まれた [感動] (10)
 ・体験談:両親は離婚、両方とも再婚していてそれぞれに子供もいて、私はいらない子だった [感動] (9)
 ・体験談:貧乏院生で食費の足しにアパートの空きスペースでぷち家庭農園作らせてもらってた [感動] (6)
 ・体験談:一人暮らししているアパートの隣の部屋に嫁は住んでた [感動] (6)
 ・体験談:私の兄は創作系オタクでその上超絶コミュ症です [感動] (8)
 ・体験談:未だ近所でも話題になる我が家の武勇伝 [感動] (11)
 ・体験談:冴えないオッサンリーマンな俺に当時高3の嫁に惚れられた [感動] (6)
 ・体験談:俺の馴れ初めは、嫁と認識時期が違う [感動] (3)
 ・体験談:俺は使い捨てのパックにこっそり詰めて物乞いのおっさんにくれてやってた [感動] (6)
 ・体験談:「このぽっけすごいねんで!!(`・ω・´)三3ムフー!!」 [感動] (9)
 ・体験談:ちょっと出かけてくる、外で食べるから夕食(昼食)はいらないや [感動] (12)
 ・体験談:家族だからね。貴女が嫁に行くまで私達が傍に居るからね [感動] (7)
 ・体験談:俺も先人に倣ってパルプンテを唱えた [感動] (11)
 ・体験談:身体を拭くの手伝ってくれたよね? あの時、汗臭く感じた? [感動] (8)
 ・体験談:祖母のためと思ってついていた嘘を従兄弟がバラした [感動] (12)
 ・体験談:みっちゃん! [感動] (6)
 ・体験談:携帯に熊殺しと登録した相手 [感動] (3)
 ・体験談:私が幼稚園の頃、母は再婚しました [感動] (10)
 ・体験談:2年前のちょうど今時、深夜1時頃にある父子が客で入ってきたんだ [感動] (13)
 ・体験談:あなたの為なら何でもします!付き合ってください [感動] (15)
 ・体験談:あのババァより家事が上手くなって絶対潰す [感動] (3)
 ・体験談:母のお腹の中にいる頃に事故に遭って死んでしまった [感動] (15)
 ・体験談:親父の形見のほぼ半世紀前のSEIKOの時計 [感動] (6)
 ・体験談:自分でもプロレスをやりたいと思ってプロレス教室で出会ったのが嫁 [感動] (6)
 ・体験談:俺はオカマバーで嫁とあった [感動] (5)
 ・体験談:俺が20歳の時に兄貴が8歳の女の子がいるシングルマザーと結婚 [感動] (13)
 ・体験談:中学校で防災訓練があった時の話 [感動] (11)
 ・体験談:父は無精子症。しかし結婚一年目にして母が妊娠 [感動] (6)
 ・体験談:私の実家と夫の実家のぎくしゃくが原因で起こった事件の話 [感動] (4)
 ・体験談:職も金もない人生どん底で人間不信女性恐怖症を発症していた俺 [感動] (4)
 ・体験談:ゲロまみれの山姥を拾ってオシッコかけられたのが出会いでした [感動] (3)
 ・体験談:今まで古い女にネチネチやられていてもスルーしていた旦那 [感動] (5)
 ・体験談:高卒で就職したら職場にスゲェー美人がいた [感動] (4)
 ・体験談:6才下の妹が助けを求めて大学凸してきた [感動] (6)
 ・体験談:俺が高校2年に上がった頃に嫁が新任で入って来た [感動] (7)
 ・体験談:義弟が義兄になった話 [感動] (7)
 ・体験談:ホウキとチリトリ持って掃き掃除してる金髪ショートカットのギャルの後姿が写っていた [感動] (4)
 ・体験談:ロシア人の奥さんは全く日本語が話せなかった [感動] (7)
 ・体験談:「俺君だよね、私憶えている?」 [感動] (10)
 ・体験談:中学ん時すごい背が低くてさ中三で148cmしかなかった [感動] (11)
 ・体験談:途中コンビニに立ち寄った時にポケットに携帯がないのに気づいた [感動] (7)
 ・体験談:うちの嫁は兄弟がイケメンだったせいで、ブサメンの俺を選んだ変人ですw [感動] (12)
 ・体験談:10数年ぶりに彼氏が出来た [感動] (8)
 ・体験談:料理に自信がないといっていた通りマズメシなうちの嫁 [感動] (9)
 ・体験談:お土産買ってもいい〜? [感動] (7)
 ・体験談:スーパー良トメだった義母が癌で余命宣告を受けた [感動] (13)
 ・体験談:あんまり知られてないみたいなんだけど、養育里親って制度がある [感動] (6)

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酒乱父から暴力を受けていた女の子を助けたら今の嫁になっていた。

実は俺の親父は酒乱でさ、小さい頃から暴力を受けてたんだ、俺。
一番古い俺の写真は右腕にギプスつけてる。
酔った親父に高い高いされたら親父が受け止め損ねてそのまま落下したらしい。
酔った親父と殴り合いの喧嘩したのが小1の頃だ。
ボッコボコにされたけど俺もやり返したら
それ以来2度と酔っても俺に手をあげようとはしなかった。
その代り祖母と母への暴力が激しくなったんで、酔った時に親父を殴り飛ばすのが
俺の仕事になったんだ。

「あの人(親父)は酒さえ飲まなきゃいい人なんだ」

これが祖母と母の言い分だった。
でも俺は納得できなかった。

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私は付き合って暫くは旦那が好きじゃなかった。
だけど、一流企業に勤めていたから、子供と支えてくれた母親の生活費のために付き合った。
四歳のころから付き合いのある一つ年上の幼馴染と結婚したけど、結婚二年目に不倫→不倫相手に子供出来るのコンボで離婚。
それなりの慰謝料と当時生後八か月だった娘、最後まで私の味方だった母親と一緒に地元から逃げるように今暮らしてる町に引っ越してきた。
初恋で世界一大好きだった幼馴染に裏切られて傷心していたけど、持病があって働けない母と可愛い娘のために必死になって派遣で働いた。
その会社の取引先に大学時代、私に彼氏(幼馴染とは違う大学だった)がいるのを知らずに告白してきた(勿論即答で断った)同級生の旦那と出会った。
向こうは再会した喜びからか嬉しそうに話しかけてきたけど、私はぶっちゃけ旦那の事が苦手だったから適当にあしらっていた。

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小さな食堂(夫婦と息子さんで経営。
バイトは私だけの合計4人)でバイトをしています。
基本的に調理は旦那さんと息子さんがやっているのですが、付け合せの人参のグラッセなど簡単なものは私が作っています。

昨日最後に来たお客さん(親子3人)が

「この人参のグラッセを作ってる人はどなた?」

と聞いてきました。

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二人揃って頭弱い両親から出来婚にて生まれた
子供産んだら育てなくちゃいけないというプレッシャーに耐えられず、結局私は捨てられた
親戚を点々として暮らし、高校までは出してもらえたけどそれ以降は一人で生きていけと放り出された

旅館の住み込み仲居として雇ってもらえて、そこに住民票は置けたけど、お給料は雀の涙だし、住処は狭くて暗いじめじめした一部屋
何で私ができたとき親は中絶してくれなかったんだと毎日思って働き暮らした


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私の両親は離婚、両方とも再婚していてそれぞれに子供もいて、私はいらない子だった。
祖父母の家で育って、祖父母は可愛がってくれたけど、高校の時に祖母が他界
高校を卒業すると安心したのか祖父も他界した。
家は結構いい立地の古い貸家だったから、借主の祖父が亡くなると大家さんにすぐ出て行ってと言われた。
知識があれば立退料とかもらえたと思うけど、私は世間知らずでお金もなくて困っていたら
高校の先輩で付き合いはじめの彼がすぐにアパート借りてくれて
同棲を始めてすぐ妊娠・結婚・出産と続いた。


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貧乏院生で食費の足しにアパートの空きスペースでぷち家庭農園作らせてもらってたときの話。
水やりついでにアパート周りの掃除してたら
ちょうどアパートの手前に救急車が止まった。
救急隊員が降りてきて前方に無断駐車があって進めず、Uターン出来るほどの道幅もないので
アパートの敷地をUターンに使わせて貰えないかと頼まれた。
大家さんが了承してくれたのでいつもは片方しか開けてない正門を開けて
Uターンだと遠回りだし良かったら裏門から抜けて下さいって言ったのね。

通り抜けるには私のぷち家庭農園が邪魔だったんで

「これ(家庭農園)は気にしないで良いんで」

って言ったら凄い何回も頭下げて出来るだけ野菜轢かないように通り抜けてった。

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学生時代、一人暮らししているアパートの隣の部屋に嫁は住んでた
隣に綺麗なお姉さんが住んでるってだけでドキドキする毎日
たまに廊下やベランダで挨拶するだけでその日一日ハッピーな気分だった
後からわかった事だが、嫁は父親からの暴力がひどく、母親にコッソリ部屋を借りてもらって隠れるように住んでいた

ある日、いつも静かな嫁の部屋からちょっと大きめの話し声が
最初は普通だったけど何かを言い争うような感じになって、その内男の怒鳴り声とガタンガタン音がし始めた
良くないと思いつつベランダから身を乗り出して部屋を見る
カーテンは開いていて、うずくまった嫁とその嫁に蹴りを入れ続ける男が見えた


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武勇伝ではあるとおもうけど、スーよりヌーという感じです

私の兄は創作系オタクでその上超絶コミュ症です
今どきの自称コミュ症なんてただの甘えじゃん!と思えるくらいの超コミュ症で、家族に対しても、どもる、目をそらす、もごもご喋る、赤面する、という感じです

私は慣れてるからいいけど、初対面の人は確実に、なんだコイツ?と思うレベルです
しかも低身長で容姿も残念なレベル(私も顔は似てますが、女なので化粧でなんとかなりますw)
幼少期には兄と遊ぶときは、会話の必要なままごとなどじゃなく兄の得意なイラストを描いてもらったりして遊んでいました
普通に考えていじめられるタイプの兄でしたが、この絵を描く才能によってクラスでは一目置かれていて、(兄)君○○描いて〜という感じで重宝されていたようです
小中では学内ポスターなどで何度か兄の描いたものが採用されているのを見たことがあります


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未だ近所でも話題になる我が家の武勇伝。(主に祖父と兄)

もう20年以上前だが、当時高校生だった兄がボロボロになって帰って来た。
良くケンカをして生傷の絶えない兄だったので別段珍しい事では無かったらしいが
が、その日は何と小学校低学年位の子供の手を引いて帰って来た。
祖母と母は最初は驚いたが、その子供を見て直ぐに何が有ったか悟った。
兄が

「ごめん。お袋。我慢出来んかった。」

と言うと
母は

「後は大人に任せなさい。ようやった。」

というと連れてきた子供を家に上げた。


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冴えないオッサンリーマンな俺に当時高3の嫁に電車内で惚れられて嫁が大学生の時に結婚。
身寄りのない俺が嫁実家に移り住みマスオさん状態。

幸せだけど未だに現状が夢なんじゃないかとたまに思う。

当時嫁高3で17
俺30オーバー

毎朝の通勤電車で途中から乗車してくる嫁さんには結構前から気がついてて、かわいいなとは思いつつ、痴漢冤罪が怖いのでいつも音楽聞いて、右手吊り革、左手は本を持って読書でした。
向こうがこちらに好意を抱いてるとら夢にも思わなかったので。


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俺の馴れ初めは、嫁と認識時期が違うんだよね・・・

俺>職場で嫁から告白されてから
嫁>告白する半年以上前から

俺にとっては些細な事でも、嫁にとっては
当時ってか現在も変化ないんだが170cm86-88kgのDBに好意を寄せるに値したらしい

俺は経理職、嫁は総合事務職だが大きい会社ではないので
席が隣だった。


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俺は昔サンフランシスコで学生やってた。
ホテルに住み込みで朝晩の厨房の手伝いをすると一月の家賃が300ドル位になってお得だった。

そしてアメリカンなビュッフェスタイルで大量生産するもんだからそこでは大量に毎日残飯が発生する。

それを俺は使い捨てのパックにこっそり詰めて物乞いのおっさんにくれてやってた。
周りは留学生ばっかでネイティブの話し相手が欲しかっただけ。
元金融会社でアボーンした男で当時40前半。
名前はアビー。

で、ある晩、日本人仲間の送別会でしこたま飲んだ俺は酔っ払い千鳥足でホテルに戻ろうとしたところ白人のヒゲづらおっさん二人に羽交い締めにされ殴られ蹴られ俺虫の息で身ぐるみ全部剥がされガチで車と車の間に捨てられてたらしい。

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「このぽっけすごいねんで!!(`・ω・´)三3ムフー!!」

そう言って幼稚園の制服のポケットをパンパン叩いてた友達Aの息子
ポケットにはハンカチ、ティッシュ、お菓子、小指の先サイズのドラえもん、母親とのプリクラ、それにムシキングカードなどなど…
その子にとっての宝物が詰まってた

「ぽっけ叩いたら欲しいもん何でも出てくんねん(`・ω・´)三3フンフン!!」

ソレ聞いて少しイジワル言ってみた


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同棲してる彼がたまに

「ちょっと出かけてくる、外で食べるから夕食(昼食)はいらないや」

と言って、行き先も伝えず出て行く。

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両親事故で他界、祖父母も私が生まれる前に鬼籍、叔父叔母は某宗教な家で父母も毛嫌いしてたから頼れない状況だった。
幸いなことに私には十歳離れ成人してた姉が居た。
ただ当時は主に私の口の悪さが原因で仲が悪かったから姉に頼るということが選択しになく中学生だった私は「ヤバい詰んだ?」と父母の死を受け入れ冷静になった瞬間震えが止まらなかった。

姉は結婚して妊娠してたからそれこそ私の面倒なんて見れなかった。
でもお姑さんにお願いしてくれて色々面倒見てくれた上に姉の義実家に住むことになった。

私は他人なのにごめんなさいとお姑さんに言ったら

「家族だからね。貴女が嫁に行くまで私達が傍に居るからね」

と抱きしめてくれたのが衝撃だった。


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呪文は気を付けような・・・
俺も先人に倣ってパルプンテを唱えたよ、そしたら呪文がメダパニだったみたいで沈静化に苦労したよ。

年次のデスマが終了して一段落したので、そっと呪文を唱えたのさ

俺「最近、忙しすぎて色々さ、話聞けなくてゴメンネ」

嫁「ん?どしたの急にぃ」(俺の方に寄って来る)


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去年の12月上旬に右足を骨折してしまった。
年末に骨折してるからと長い早めの休みを貰ったので実家に帰ることにした。
長い期間のギプス生活のため風呂に満足に入れなかったことと、骨折の程度が酷く手術をしたことにより血と体液(傷口から出る透明な液体)のためかなり足が臭かった。
それに気付いた姉は、椅子に座った自分の前にお湯をはった洗面器を持ってきて足を洗ってくれた。

自「臭いだろ?」

姉「ん?確かに匂いはするけど臭いとは思わないよ?」

自「いやいやw 自分で分かるくらいなんだからかなり臭いってw」

姉「私が風邪ひいたとき、〇〇(自分の名前)が身体を拭くの手伝ってくれたよね? あの時、汗臭く感じた?」

自「いや、全然」

姉「でしょ? だから全然だよ」

正直、姉がもてるのも理解できる。

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祖母のためと思ってついていた嘘を従兄弟がバラした。

祖母と祖父は村の中ではおしどり夫婦と呼ばれるほど仲が良かった。
祖父は仕事で出張に行くと出張先から毎日手紙を書いた。
祖母も毎日返事を書いた。
ある日、出張先で祖父が事故で死んだ。
家族と村人のみんなは祖母のために祖父が死んだ事をひた隠しにした。
祖母のために郵便局員は毎日祖父の筆跡を真似て手紙を書き続けた。


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父方が本家だ分家だ云々がある家系なんだけど
(ただし父や私の代はもう血が遠すぎて分家扱いもされていない、一般家庭)
私が幼稚園の頃、大規模な法要があって、初めて本家に行くことになった。
父親に連れられて本家の門をくぐった途端、突然

「みっちゃん!」

って叫ぶように呼ばれた。

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10年程前に牡鹿半島で釣りしてるときに凄い音したと思ったら15mくらいある堤防下に熊が落ちて血まみれになってたのにはビビった。
俺を襲おうとしてたらしく丁度熊の後ろから俺の登り梯子勝手に使って登ってきた人がヤバいと思って登り梯子で殴ったら上手いことふらついて海に落ちたそう。
助けてくれた人は地震の津波で亡くなった。
携帯に熊殺しと登録した相手がまさかなぁとがっくり来た。
子供が生まれたばかりで奥さんと子供は生きてるかもと探した。
子供は亡くなってて奥さんは見つかった。
パートに出てて親に子供を預けてそのまま、らしい。
その土地に居るのも辛いとのことだったので最終的には仙台に呼んで奥さんは親戚の会社で雇って貰ってる。
社長の奥さんに気に入られてて居心地よく充実してるらしい。
奥さんと妻も仲良いから救われてる。
少しでも熊殺しに借りを返せればと思うが何か一先ずは平和そうなので気負わずのんびり奥さんに返せ良いかなと最近思うようになった。

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私が2歳の頃、父が交通事故で死に、私が幼稚園の頃、母は再婚しました。
相手も奥さんと死別したコブ付き。
そのコブが私と同い年、ただし、男の子。
私の方が6ヶ月ほど年上でしたが、向こうが背も高かったので、弟という感じもしません。
なので、弟(仮)とします。
母と私が、新しい父の元へ引っ越す形で同居が始まりました。


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少し前、資格とりたくて数年勤めた職場を退社してフリーターしながら資格の勉強してた。
バイト先は牛丼屋で、基本は22時から朝までのシフト。
2年前のちょうど今時、深夜1時頃にある父子が客で入ってきたんだ。

父親は30代くらい。
子供は女の子でたぶん2才〜3才くらいかな。
深夜にもかかわらず女の子は眠い感じがなく、活発に喋ってた。
お冷を持っていったら

父親「ちょっと注文考えさせて下さい」

と。


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俺は親父を3歳の頃事故で亡くして母子家庭で母はキャリアウーマンとして毎日忙しく働いていた
なので母方の祖母に預けられていた
母はそれなりに重役だったらしく金持ちではなかったが金に不自由はしてなかった
ここまでが前提

嫁と出会ったのは小学生の時
小さい学校で学年は50人ほどなので全員を覚えるのはすぐ
嫁もそのうちの一人だった


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夫は次男だが長男が遠方(といっても高速で2時間程の距離)に就職、そのまま現地で結婚してしまったので私達が義実家で同居することになった。
皆さんは何でそれで同居になるの?アホか!と思われるかもしれませんが
当時無知な私は「兄が出ていったから俺達が俺実家で同居な〜」と夫と結婚する時に言われて、そうなんだ。
とバカ正直に納得w
えぇ苦労しましたよ。
家事全般に渡ってあれダメこれダメと言われ生来短気な私はトメさんとバトルすること数知れず
あのババァより家事が上手くなって絶対潰す!と意地だけで同居を継続していました


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私の父は、私がまだ母のお腹の中にいる頃に事故に遭って死んでしまった。
だから私はずっと母と2人で暮らしていたんだけど、小学生になった頃に母が再婚し、父と4つ上の姉ができた。
もちろん母は私にすごい気を使って、

「(私)がこのまま2人で暮らしたいならそうするよ」

と言ってくれてた。

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親父の形見のほぼ半世紀前のSEIKOの時計を時計コレクターの同期に会社の飲み会で爺臭いと馬鹿にされた

時計よくわからんし愛着あるからと笑って流してたら
70越えの会長が昔若い頃に無理して買ったのと同じだと騒ぎだした

手巻きで正規メーカーもパーツがもうないので
修理出来ないまだ動くのかと羨ましがられたが
俺はアンティーク時計直せるとこで修理してたので紹介したら凄い喜ばれた

会社で会うたびにスチャっと時計を見せつけてくるお爺さん会長がお茶目で時計も渋く似合ってて
やっぱり値段だけじゃないなとそのとき衝撃っていうか感動した
形見だと言ったら親父さん幸せもんだと言ってくれて嬉しかった

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17歳の時にプロレスにハマり、自分でもプロレスをやりたいと思ってプロレス教室で出会ったのが嫁
3歳年上の20歳で女子大生の嫁は身長175cmあるショートヘアで筋肉質の女だった
そこそこ美人だけど第一印象では全く好みじゃなかった
小柄な感じの女の子が好きだったから「本当に女か?」ってのが最初の感想
でも実際接してみたら全然見た目の印象と違った

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俺はオカマバーで嫁とあった

どっちもIKKOじゃないんだがどちらかといえば俺がIKKOだ
トランスジェンダーを貶すような内容があるんで注意してくれ

俺が学生のときにオカマの振りをするのにはまってたんだ
真っ赤な口紅塗って青髭蓄えたままケバ目の化粧して派手な服をきる
そしていつも同じくらいの時間にちょっと遠目のマ○クで朝マ○クを食べに行く
いつも同じ

「コーヒーと・・・ソーセージ(はぁと)。コーヒーはあんんんまいのね」

と男声で言って遊んでた

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俺が20歳の時に兄貴が8歳の女の子がいるシングルマザーと結婚して、俺と親父が住む家(母親は俺が中学の時に亡くなった)からすぐ近くのアパートで新生活を始めた。

兄嫁さんはメチャクチャ美人だし、近距離とはいえ別居している俺と親父の分まで毎日夕食の準備をしてくれるような優しい女性。
その娘である姪も母親似の美少女だし、暇を見つけては(というより毎日)俺と親父の家に顔を出してくれる優しい子だった。
兄貴も兄嫁さんはもちろん、姪のことも本当に大切にしていて『幸せ家族』って言葉を検索したら兄一家と出てくるんじゃないかってくらいに幸せそうだった。


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中学校で防災訓練があった時の話。
教室は三階まであったけど、公立中学校だからエレベーターはなかった。

そんな中、クラスのリーダー格が足を骨折をしていて、そいつだけは防災訓練中も教室で待機ってことに朝のホームルームで
決まっていた。

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父の修羅場
父は無精子症。しかし結婚一年目にして母が妊娠

父「」母「相性が良かったのね」

「出来無くも無いけど、出来無いかもしれない」

婚約中、自然妊娠は極めて難しいという診断結果を若干オブラートに包んでみた結果

「出来なくてもいいよ。二人で仲良くやっていこう」

と大らかに笑ってくれた女である


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修羅場とは少し違うけど、私の実家と夫の実家のぎくしゃくが原因で起こった事件の話

義実家は絵にかいたような上流家庭で、割と貧しい家で育った私は、その空気にあまり馴染めなかった
うまく溶け込もうとはしていたのだけど、住む世界が違うという感じで、どうも話がかみ合わない

義両親ももったいないくらい優しい方々で、馴染めない私にとても気をつかってくださったのだけど、そうすると余計に疎外感を感じてしまって、うまくいかなかった

私自身がそうなのだから、私の実両親はもちろん義両親とうまく付き合えず、実家と義実家はほとんど交流がなかった


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職も金もない人生どん底で人間不信女性恐怖症を発症していた俺(25)が人間不信男性恐怖症だった恩人の娘さん(17)に家庭教師することになったのがきっかけ。
今思えばいくら「持ってる」恩人とはいえ無茶したものだと思う。

登場人物
俺 フツメン 人間不信の上女性恐怖症を発症
現嫁 Aさんの娘 人間不信の上男性恐怖症を発症
Aさん 現義父 入社当時の直接の上司で大恩人
B君 地元支社に異動してきた後輩
元嫁 幼馴染 俺のトラウマの元凶の片割れ
クズ太 同級生で同僚 俺地元の名家の出 俺のトラウマの片割れ
逝 イケメン 現嫁の同級生 現嫁のトラウマの元凶 


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妻とは、真冬にゲロまみれの山姥を拾ってオシッコかけられたのが出会いでした。
その後我が家へ居候→住み込み家政婦化→交際に発展、と言う流れで、妻の借金(連帯保証人)など少々問題がありましたが去年ようやく入籍に至りました。
今年は、遅ればせながら近しい人達だけを招いて小さな式をあげる予定です。

後々そのようになってた経緯を詳しく聞きました。
・当時妻は借金の肩代わり返済でにっちもさっちもいかない状況
・帰宅したらポストにアパートの最終退去通告が大量の督促状と共に入ってる
・糸が切れて自暴自棄になり最後の所持金全部使ってお酒や菓子パンを暴飲暴食
・めずらしく雪が積もった深夜に雪馴れしてない妻がえずきながら雪上を歩く
・当然のごとく足をひねって転び背中をうちつけその拍子に噴水リバース
という流れで、自分が通りかかったのはそれからしばらくしてからだそうですが
自分の前に通りかかった人には無視されたそうです。
都内なので仕方ないですね。

この時、顔から髪から上半身全部がゲロまみれ、髪が顔中にへばりついて山姥でしたし。


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今まで古い女にネチネチやられていてもスルーしていた旦那が
最近庇ってくれるようになった。
嬉しいというより、不審で気味が悪かったので「何なの今さら?」ときいたところ、「お前の弟に怒られて泣かれた」そうな。

「うちの親は忙しくて俺は姉ちゃんに育ててもらったようなものだ。
 ブスだけど優しい姉ちゃんであんたにもらってもらえて、幸せになれると思って本当に嬉しかったのに、
 なんであんたの母親から守ってくれないんだ?
 粗末にするなら返してくれよ、そんで他の幸せ探させてやってくれ」

ぬぼーっとしてる弟がいつの間にそんな話を…と思いつつ泣けた。

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高卒で就職したら職場にスゲェー美人がいた。
これが将来の嫁子。

腰からケツのラインはもう最高。
年齢は28歳。
俺より9歳年上で独身。

先輩に誰もアタックしなかったの?と聞いたら

「いたさ、何人も。でもみんな玉砕だったな。彼氏とかいるんだろ。でもなかなか結婚しねーな」

どうせ玉砕するだろうから、俺もアタックしてみよっと軽い気持ち。

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6才下の妹が助けを求めて大学凸してきた時
俺を探し回った上にその後の修羅場にも力を貸してくれた
っつーか主体となって色々動いてくれたのが今の嫁

今日妹の結婚式で二人で号泣してきた

俺が大学3年の時、中3の妹が突然大学にきた

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俺が高校2年に上がった頃に嫁が新任で入って来た
それまで俺には片思いの女の子がいたんだけど
教壇に立つ嫁を見た時に惚れた惚れたズッキューンと来た
眠そうな顔つきに落ち着いた口調
どストライクw 見た瞬間ふあぁぁぁって感じww
現在は嫁好きエロ夫だが当時の俺は童貞優等生だった

生徒会末端にいたので職員室によく出入りして嫁とも気軽に話すようになった
前情報では彼氏がいないのを掴んでいたので誰かに取られたくないって思って
告白を決意したんだけど強い印象を与えたいから考えた

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義弟が義兄になった話でも。

自分29歳 都内会社員
今嫁23歳 都内近郊事務員
義弟25歳 お隣の県で会社員
前嫁24歳(当時)元会社員

前嫁とは大学の時の同級生で、学生の時に同じ講義を受講してた縁で友達に→彼氏彼女になる→お互い就職→24歳で結婚。
当時は金もなかったし、両親ともに地方なのでウエディングドレス着て写真だけ撮って終わりにした。
今思い返すと、無茶してでも結婚式あげておけば良かったなって思う。


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転職先の会社までの行き方調べるのに
グーグルマップのストリートビュー見てたら、会社の玄関前の道路でホウキとチリトリ持って掃き掃除してる金髪ショートカットのギャルの後姿が写っていた。
この会社すげーなwwwって思ってたらそのギャルが去年嫁になりました。

面接受けて入社となり、初日に事務所で挨拶したときに、お目目クリクリ金髪ショートカットの嫁がいた。
ほんとに居たよwwwって思って笑いそうになったけど我慢した。
そしたらなんと嫁の隣の席のデスクだった。
めっちゃ可愛い!!一目惚れ!!とか全くなくて、その時嫁には彼氏がいて俺は不倫してた。
なのでお互い恋愛対象として全く見ていなかったどころか、ギャルっぽいしこいつはないわぁって思ってたぐらい。
俺は黒髪ポニーテール最強!と思っていたので金髪ショートカットには見向きもしなかった。
真逆だもの。


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義理の兄の奥さんに衝撃だった話


夫の兄は仕事で長いこと海外で暮らしている

そこで同じくロシアから仕事で来てる奥さんと知り合って結婚することになった

以下彼女を奥さんと記述します


初めて会った時、ロシア人の奥さんは全く日本語が話せなかった

義兄が通訳してくれたので話してみたら、とても明るくいい人だと思った

相手の奥さんも会話を楽しんでくれたようだった

会話の最後、奥さんは


「日本語を絶対に覚える。今度は日本語でお話しましょう」


と宣言していたと、義兄に通訳してもらった



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就職して、地元の近くの工場に配属になった。

我が社は営業職でも、自社製品の理解との名目で2,3年現場に配属される。

幸運な事に、実家から車で通える距離なので、大学進学て東京に出て以来戻ることになった。

地元は、車がないと生活ができない、娯楽と買い物はジャスコ(現イオン)しかないという典型的な田舎。

大型書店もジャスコ内にしかなかったので、休日に出かけて行って立ち読みしていると、女に肩たたかれた。


「俺君だよね、私憶えている?」


「高校の時の同じクラスだった、Nさんだよね」(5分くらい考えて、やっと思い出す)


高校の時の同級生で、当時はほとんど話したこともない女だった


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実家に帰省して中学時代の学ランを見つけて懐かしくなった


俺中学ん時すごい背が低くてさ中三で148cmしかなかったのよ

それがコンプレックスで女子を前にすると真っ赤になって話もろくに出来ないコミュ症だったんだ(今でも女性と話しする時は緊張する)

顔も童顔で勇ましさの欠片もなかったから女子からよく弄られては顔真っ赤にして固まってたんだ

そんな時いつも


「みんなやり過ぎだよ〜ゴメンね俺くん」


って助け舟を出してくれてたのが嫁さんだった



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その日俺は注文していた原チャリが届いて浮かれていた

車で通ったこと無い道をならし運転と冒険を兼ねて走っていた

途中コンビニに立ち寄った時にポケットに携帯がないのに気づいた

慌てて公衆から自分の携帯に掛けてみた


俺「あっ、もしもしっ」


嫁「はい」



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同世代の写真部出身だけど、俺の学校含めて近隣の写真部はみんな似たようなことやってたな

・望遠で盗撮

・さりげなく背景の一部として撮影

・校門前で堂々と「写真撮らせて」※

・文化祭で写真撮って「後で送るから連絡先教えて」※

などなど


まぁ※のせいで、世の中の理不尽さも学んだのは良い思い出

なお、うちの嫁は兄弟がイケメンだったせいで、ブサメンの俺を選んだ変人ですw


自慢みたいになるけど嫁は美人だよ



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10数年ぶりに彼氏が出来た。


私には姉の置土産の子供同然に育ててきた姪と甥がいて、ここ十年母親業に専念してて、色恋沙汰とは無縁の世界だった。(当方30代半ばのババァ)


姪と甥が成人を迎え、10年ぶりの一人暮らしになったので、少し寂しく思っていた。

たまに飲み行ったりご飯行く程度に仲の良い後輩(20代半ば)から結婚を前提にお付き合いして下さいと告白された。

びっくりして、私には子供同然の姪と甥が居るし、私は婦人系の病気をして子供は望めない。

まだ20代なんだから、十も違うババァを貰っても仕方ないだろw気持ちだけもらっとく!とお断りをした。

だけど後輩は諦めなくて、約5ヶ月毎日告白してきたw毎日お断りしてたけどw



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結婚一ヶ月、料理に自信がないといっていた通りマズメシなうちの嫁。

鳥の肉にオレンジやラズベリーみたいなジャムをかけたり

せっかくの新鮮なイワシをトマトで煮込んでみたり

カボチャのサラダが甘くて菓子の材料が混ぜ込んであったり

毎日夕食を食うために帰るのが憂鬱になるような料理ばかり。


それが昨日、同僚夫婦と一緒にハイキングに行くことになった。

マズメシを知られるのが恥ずかしくて


「おにぎりでいい」


っていっておいたが

嫁は俺が起きる前にはりきって弁当を作ってしまっていた。

昼になったら俺の思惑をよそに


「よかったらどうぞ」


なんて

嫁が同僚夫婦にマズメシをすすめていて俺は終わったと思った。


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水族館の中の土産物屋さんでな
6歳の1人娘が

「お土産買ってもいい〜?」

ってな

嫁が「自分のお土産?だったら娘ちゃんのお財布に入ってる1000円までにしようね!」

娘「うん!」

職場や娘友達とかの家族に俺と嫁も別々に数多く選んでた

娘はキラキラしたものが好きで真っ先に指輪をチョイス(300円)

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何事もチャキチャキサバサバとこなしていく
スーパー良トメだった義母が癌で余命宣告を受けたときに
普段と全く同じチャキチャキした勢いで
あっと言う間に家を整理してしまったのが衝撃だった。
かなり衣装持ちな人だったのに最低限の洋服を残してサッパリ処分。
小さなタンスに入院介護に適した下着類とパジャマ類を多めに入れて
普段着は本当に最小限。
あとお気に入りのスーツが1着。
正月に義実家で集まったときに全員に向かって今後の指示を出すと共に

「タンスのスーツは棺桶に入る時用だから忘れないで着せてね!」

と宣言。
遺影用の写真はコレ・葬儀屋はあそこ・でも最小限の葬式でいい・連絡して欲しい人リストはこちら・遺産というほどの物は義実家くらいだがここは査定価格でこれくらいだから誰も住まないなら売って分けろなどなど。
諸々の指示をサクサクと飛ばして義実家で3ヶ月一人で過ごした後に
自分で選んだホスピスに入って2ヶ月で先に亡くなってた義父のところに旅立った。
ホスピスに入ってから義実家に行ったら本当に何もない。
でも誰かが泊まるくらいは出来るように最小限の布団や食器は残してある。
ちょっと古びた旅館みたいな感じになってた。
なんというか潔く綺麗な旅立ちで悲しむよりも先にあっけにとられた。
最後の荷物に年代別の家族写真を見つけて初めてみんなで泣いた。
自分も見習いたいと思う。

 

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ほぼ母の自慢話と俺の自爆話になるんだけどw
話に出てくる子の名前は仮名。
あんまり知られてないみたいなんだけど、養育里親って制度がある
うちは俺が小学生になった位から養親になって子供預かってた
養親って子供を養子にするんじゃなくて、施設の代わりを一般家庭がする。
だから一定期間過ぎたら親元や施設に帰ってく
短い子だと、1、2週間とかね
うちでは基本俺より小さい男の子で(経験があるから)と児相に申請してたんだけど
ある時期養護施設がいっぱいになってどうしてもお願いしたい。って言われてうちに来たのがイチ兄だった

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