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 ・体験談:担任の先生や他の先生たちからよく名前を呼び間違われる時が何度もあった。 [感動] (8)
 ・体験談:中途入社の女性、Aさんが壊滅的に空気読めなくて困っていた。 [感動] (10)
 ・体験談:勤め先で修羅場があった。 [感動] (8)
 ・体験談:上司次第で職場の快適さが変わることを実感した [感動] (7)
 ・体験談:カラスは意外と話がわかるという話。 [感動] (14)
 ・体験談:6年ほど前、犬が行方不明になった。 [感動] (25)
 ・体験談:私の家はお雑煮やお節は父が用意する [感動] (13)
 ・体験談:ストーカー被害に悩んでいた頃、付き合っているふりをして助け船を出してくれた女の子と結婚した。 [感動] (9)
 ・体験談:つい最近、結婚3年目にして、旦那が甲殻類アレルギーを発症した。 [感動] (8)
 ・体験談:あんたの嫁さん候補がどこにいるか解らないんだから女の子には優しくしなさい! [感動] (13)
 ・体験談:嫁との出会いは近所のイオンモールだった。 [感動] (10)
 ・体験談:脱走した犬が赤ちゃん銜えて戻ってきた修羅場。 [感動] (14)
 ・体験談:俺は、約1年の冷戦を含め、離婚秒読みだったが奇跡的に回避 [感動] (6)
 ・体験談:うちの嫁、ツンの割合が多いだけのツンデレ [感動] (10)
 ・体験談:私は幼少期から体が弱く、陰気な子供でした [感動] (15)
 ・体験談:私と旦那の出会いは交通事故 [感動] (12)
 ・体験談:猫飼いたいからってことで、長女が一人暮らしを始めた。 [感動] (11)
 ・体験談:昔、家の前に大きい男の人が倒れてた事があった。 [感動] (10)
 ・体験談:私がまだ中学生の頃、親戚に引き籠りになってしまった従兄がいた。 [感動] (11)
 ・体験談:入社5年の中堅の頃、新卒で入社して来た嫁が俺に一目ぼれ [感動] (11)
 ・体験談:髪も長くて俺好みだったが、中々言えなかった。 [感動] (10)
 ・体験談:うちの娘は他の子よりも遅れて学力のエンジンが掛かったタイプだった [感動] (12)
 ・体験談:俺と嫁(6歳下:国籍は地球の裏側)は今年で25周年。 [感動] (11)
 ・体験談:俺は昔虐められてた。 [感動] (17)
 ・体験談:幼少期、パパべったり大好き娘が思春期になり、正反対のパパ大嫌い娘に変身。 [感動] (17)
 ・体験談:今も昔もイジメは無くならない。 [感動] (22)
 ・体験談:義兄と思わぬことで仲良くなったこと [感動] (17)
 ・体験談:一目惚れしてから5年、付き合ってくれとずっと言い続けて、しかしずっと冷たかった。 [感動] (15)
 ・体験談:今から、30年前は、ストリップでお客を上げて本番するのが普通だった [感動] (16)
 ・体験談:子供の頃から交通事故によく合う友人がいた [感動] (10)
 ・体験談:夫は父子家庭だった。 [感動] (11)
 ・体験談:企業の合併で、人事シャッフルのために異動した先に彼女は居たんだ。 [感動] (8)
 ・体験談:嫁さんは高校の同級生で元カノ [感動] (15)
 ・体験談:出汁の味がしっかりする上品な薄味。 [感動] (9)
 ・体験談:定年退職した父から聞いた父の元職場の移り変わりが考えさせられた [感動] (14)
 ・体験談:女の子の前だと緊張して話せないしイケメンには程遠いから相手にもされなかった [感動] (10)
 ・体験談:中曽根康弘氏がある空自基地を視察してて昼食時になった [感動] (23)
 ・体験談:兄彼女は風俗店の経験があり [感動] (11)
 ・体験談:一昨年父が亡くなって、一人娘の私がすべて相続した。 [感動] (10)
 ・体験談:男子が小学4年生くらいから、たまに女物の服を着るようになった。 [感動] (6)
 ・体験談:じいさんがジジイと結んだ縁だ [感動] (10)
 ・体験談:言葉の通じない女の子と喋る夢を見た [感動] (11)
 ・体験談:近所の人が飼えなくなった犬を引き取った。 [感動] (11)
 ・体験談:キモメンの俺がギャルの気まぐれによりいじられポジションに [感動] (12)
 ・体験談:才色兼備のAさんが同僚Bさんと結婚するそうで、お祝い会を開いた。 [感動] (11)
 ・体験談:俺は中3の時に両親を亡くし、そのショックから立ち直れなくて [感動] (8)
 ・体験談:昔出会った今の上司が衝撃だった。 [感動] (14)
 ・体験談:メンヘラ嫁とは出会い系で知り合った [感動] (9)
 ・体験談:自分の親父の話。 [感動] (8)
 ・体験談:ありがとね。あんたが娘になって良かった。楽しかった [感動] (14)

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私は中高一貫校卒業したんだけど、6年間の間に担任の先生や他の先生たちからよく名前を呼び間違われる時が何度もあった。

私が「佐藤」とすると「加藤さん」くらいの間違い(実際はもう少し特徴ある名字)。

しかもどの先生も同じように間違えるので

「なんで先生達は私の名前だけ間違えるんですかw」

と聞いてみた。

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中途入社の女性、Aさんが壊滅的に空気読めなくて困っていた。
その人は博識だし色々投資してそれなりに成功もしてるし勉強熱心。
それはとても凄いなとは思うし尊敬できる。
別に人を傷つけることも言わない。

が、一言話しかけたらまるで教科書の音読のような棒読みのテンポでひたすら喋ってくるし、話題の切り替えなどにもついていけていない。


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勤め先で修羅場があった。
私の上司(店長代理)のAが、新たな支店の支店長に抜擢された。
その際、いくつかの支店から新たな支店へ何名かを異動させるはこびとなった。
所謂ベテラン勢は定年退職で人員が減ったこともあり動かせなかった。その為、「大体4年位経験のある若手〜中堅で固めよう」ということに。


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そこで新卒から4年勤めていた、当時主任の私に白羽の矢がたった。

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上司次第で職場の快適さが変わることを実感した。

新卒で入社したときの上司は怒鳴ったりしない人だったがレスポンスも遅く、部下に頼まれたこともすぐ忘れる。

更にその責任を部下に押し付ける(何度も言ってるのにえ?俺聞いてないよー、○君言ってくれよー笑みたいな)ところがあった。
それを真似して先輩からすべての仕事を押付けられ、先輩たちは早く上がって新卒の私ばかり残るようになり、更に出来ていないと責められ続け、鬱になり休職。


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カラスは意外と話がわかるという話。

4年前の春、新たにバルコニーが大きな物件に引っ越した。
4階建ての4階。広いバルコニーで植物でもと睡蓮を育て始めたけど、カラスに大きな水盤に目を付けられた。

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6年ほど前、犬が行方不明になった。
室内犬なんだけど、カーテンをめくって外を見るのが大好きな犬で
その場所がちょうど道に面してるから子供が良く見て居ることが多かった。(常に施錠していた)
行方不明になった日は私は2階でインフルエンザで寝込んでいて、旦那が看病してくれていた。
急にガシャーンって音が鳴り、犬の叫び声。
旦那が直ぐに1階に下りると、小学生の子達が泣いていて、犬は居なかった。


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私の家はお雑煮やお節は父が用意する。
年越し蕎麦は母が、その間に父がお節とお雑煮の用意をし、元旦になったら父だけが台所に立つ。
これは母と父が付き合った最初のお正月に、父が作った焼きブリとカブのすまし汁のお雑煮に母が凄まじく感動し、美味しい美味しいとおかわりした事でそれから毎年

「お雑煮は○さん(父)が作るの。日本一世界一美味しから!」

と母が言ったから。
お節もかまぼこ以外お節に重きを置いて無かった母に比べ「お節といえば黒豆と田作りと数のこの松前漬に・・」とこだわりがあった父が担当する事になって、お正月は父が台所に立つ慣習が出来上がった。


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ストーカー被害に悩んでいた頃、付き合っているふりをして助け船を出してくれた女の子と結婚した。

嫁は当時高校を卒業したばかりの新人。
嫁は入社時の自己紹介で

「○高校出身です。」

と言っていたがそこは県トップの進学校。
旧帝大合格者が何人もいて女子でも全員が四年制大学に行くような賢い学校。
毎年、高卒で採用されるのは底辺商業高校の子ばかりで「珍しいな」って思った。
商業高校の子は学力が低いから仕事ができない。
進学校出身の嫁は計算も丁寧でパソコンを覚えるのも早くて言葉遣いも綺麗で同期の誰よりも仕事が出来るから会社のマドンナだった。

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つい最近、結婚3年目にして、旦那が甲殻類アレルギーを発症した。

エビもカニも全部駄目になって、エビカニ大好きな旦那はここのところずっと元気がない。
あまりの落ち込みようにアレルギー対応のカニカマみたいなの無いかなと探していたのだけど、後ろからタブレット画面が見えたらしく、

「どんなによくできた代替品でも食べたら絶対に本物が食べたくなるから」

と完全なシャットアウトをお願いされた。
気持ちはわかるので、私も一緒にエビカニ断ち。


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三つ年上の姉がいて、姉はいつも自分に

「あんたの嫁さん候補がどこにいるか解らないんだから女の子には優しくしなさい!」

って言ってきて私は女の子との接し方を常に仕込まれていました。
同級生からは「お前の姉ちゃん暴君だな」などと言われていましたが私はむしろそんな姉を格好いいと思っていました。
私は姉が大好きで

「姉ちゃんと結婚したい」

と言って姉を困らせていました。

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嫁との出会いは近所のイオンモールだった。
折れた真っ赤なピンヒールを履いて足を引きずりながら歩く小学生くらいの美少女を発見したのが出会い。

今時は小学生もヒールを履くのかと感心したが足を引きずる美少女が心配になって声をかけた。

「大丈夫?」

「大丈夫です。」

「ヒール折れてるね?歩ける?」

「なんとか…ってうわあぁぁぁぁ…!!」

なんと美少女は大きく転倒して俺にしがみつく形で倒れた。

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脱走した犬が赤ちゃん銜えて戻ってきた修羅場。

30年以上昔の田舎で起きた出来事。
先に言ってしまうと、その赤ちゃんが私。
私の地元では「土地」や「畑」の単位はすべて「山」。
うちは農家で代々秋田犬を多頭飼いしていて、犬用に山の一角をフェンスで囲って運動場を作ってある。
当時は老犬一頭含む四頭いた。
元は雑木林と果樹畑だったところを潰したもので、都会のドックランと違って急斜面と凸凹な天然アスレチック仕様。

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俺は、約1年の冷戦を含め、離婚秒読みだったが奇跡的に回避
どころか新婚時代をも上回るラブラブ振りに
何がきっかけで状況が変わるかわからん
じっと打開のタイミングを待て

もうだいぶ前、俺はある女の人とメル友になろうとした
それを知った嫁が怒り狂って、文句たらたら

「そうかいわかったよ、嫌がることはしないよ」

とメル友になるのは断念した
そうしたら、その1年後に、逆に嫁が男のメル友を作った
さすがに俺は抗議した

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うちの嫁、ツンの割合が多いだけのツンデレで(古い表現か?)
ツンツンしながらも友人や子供の世話を焼いたり細かい気遣いをしてくれる。
そんでもって一人で抱え込んで我慢する癖がある

先週、結婚してから飼い始めた愛犬が老衰で亡くなったんだ
俺は仕事中で間に合わなかったが妻と娘達は最期を看取り、娘達はずっと泣きどおしだったのにも関わらず妻は一切悲しむ素振りを見せずにテキパキと火葬や納骨の手配を済ませた事が娘達には冷淡だとか血も涙もないように受け止められてしまってさすがに俺もフォローもしたがギスギスしてた

嫁の好きな洋菓子を買って帰った昨日の夜、家族で洋菓子を食べようってテーブルに並べた途端に妻が大声出して泣きだした

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ちょっとオカルト的な話なので、嫌いな人はスルーしてください

私は幼少期から体が弱く、陰気な子供でした
いつも背中や肩が重くて、ぼーっとしてうまく話せない。
運も悪くて、何かをしようとしてうまくいきそうになると、必ず邪魔が入って失敗する
幸いなぜか成績はよく、ごく少数だけど友達もいたけど、
とにかく毎日ジメジメと小学校・中学校と過ごしてきました
そして高校生になって間もなく、新しくできた友達の家に行ったら友達のお姉さんがいて
その人が霊感のある人で、

「あなたに何か憑いてる」

と言うのです

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私と旦那の出会いは交通事故
自転車に乗ってる時に後ろから車に衝突されて押し出され、電信柱に激突
そばを歩いていた男性(後の旦那)が119してくれて、ずっと声をかけていてくれた

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猫飼いたいからってことで、長女が一人暮らしを始めた。
社会人3年目、猫飼いたいって昔からずーーーーっと言っていたけど、私が猫の臭いが本当にダメで、旦那も次女も猫嫌い。
何度か娘が捨て猫連れてきたことがあったけど、その時は病院連れて行って里親を探したりはした。
その度に長女には責められたよ…
私も昔犬を飼いたくて母親に吐くほどお願いしては断られたから気持ちはわかるんだけどね。
なので、長女にはひとり暮らしできるようになったら、猫を飼いなさい。
ずっと我慢させていたから、引越しにかかるお金は出してあげるって約束して、長女もお金が溜まってから引っ越して行った。

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昔、家の前に大きい男の人が倒れてた事があった。
一人じゃどうにもできなかったから、母に言って病院に連れていってもらおうと思ったの。
でも意識が戻った大男は病院を嫌がった。
母は警察に通報すればいいだけなのに、何故だか大男を家の中に入れてしまった。
大男は大きい怪我をして倒れてたわけじゃなくて、今で言う行き倒れみたいな人だったみたい。
一年ぐらい家に居たと思う。
半年経つ頃には私も大男が家に居るのが当たり前になってて、学校から帰ってきたらただいまーって言ってた。
大男は家のこと何でもやってくれた。
掃除も洗濯してくれた。
でもある日ふっと大男は居なくなった。
母は寂しそうだった。
今思えば母はあの大男に恋をしてたんだろうな。
それから時が経って私が大男を忘れた頃。
私は大学生になってキャンパスライフを楽しんでた。
入ったサークルで年上の彼氏が出来たり凄い楽しい日々だった。

だけど、彼氏はサークルの女王みたいな人と本当は付き合っていて、
田舎から出てきた芋女をからかう為に私と付き合っていたこと、私の性事情などをサークル仲間に吹聴していることが分かった。
あんまりだと彼氏に訴えたけど、逆に女王から彼氏を盗ろうとした股の緩い女だとレッテルを貼られてしまった。
それから辛かった。
大学のどこにいても好奇の目で見られてる気がしたし、実際噂を聞いた男が一夜の遊びに強引に誘ってくることがあった。
いつも泣いていたし、ご飯が食べられないから痩せた。
何も手につかなくなって単位を落とした。
いっそこんなに辛いなら死んでしまおうと思ったの。
最後に一目母の顔を見ようと思って、貯金全部下ろして電車で田舎に帰った。

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私がまだ中学生の頃、親戚に引き籠りになってしまった従兄がいた。
年が離れてた従兄で、当時でもう30歳近かったと思う。
親戚が集まる行事がある度に、その従兄(Aくんとする)の話題になり
これからどうするんだろうねぇ〜なんて言い合っていた。
Aくんの親も、子供の目にもやつれてしんどそうに見えたのを覚えている。

それがある年、伯父さんと伯母さんがすごく思い切った手段に出て
うちの両親もびっくりしていた。
伯父さん、定年を機に田舎の古民家を購入。
自宅を処分して、Aくんも連れてそこに移住した。
田舎の古民家とは言っても、ネット環境はちゃんと整えることが出来る地域だったから
それでAくんも了承したらしい。

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入社5年の中堅の頃、新卒で入社して来た嫁が俺に一目ぼれ
そして交際するまで1年半ストーカーされた
俺アパートまでつけて来るのは当たり前
玄関ドアに差し入れなんて当たり前(気持ち悪いから捨てていた)
休日一人でドライブに行ったりして翌日出勤すると

嫁「昨日○○高原はどうだった?」

とかまだ誰にも言ってないのに
聞かれたりして、マジで怖かった
あまりにも干渉が酷すぎるので上司に相談
詳しく説明すると上司もただ事ではないと思って
そしてしばらく証拠集めをする事になった
まぁ4日後に嫁呼び出して厳重注意してくれたんだけど
上司が嫁の事情を聞いて同情したのか何なのかわからないが
何か納得したようで俺に嫁との仲を取り持とうとし始めた
そして嫁の言い分
俺の事は10数年前から知ってたらしい
当事JSだった嫁が迷子になり、助けてくれたのが俺だったとか
確かになんとなく記憶にある
そして偶然にも数回俺と会ったらしい
俺は優しく道案内したり、また別の日に転んだ時に起こしてくれて
試験場まで送っていたりしてくれたとか
俺は婆ちゃんの言いつけで「困っている人がいたら助けろ」を守っただけだった
何人も助けてきたつもりなので都度助けた人の顔など覚えてない


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大学の同期で、飯とかは3人以上で食べていて就職後も半年に1回は同期4人で食べたりしていた。
仕事もバリバリ出来て羨ましかった。
髪も長くて俺好みだったが、中々言えなかった。
というのも酔っ払って彼女に「色気がない」と言ったらしい。
そんなこんなでもう30過ぎた時彼女に告白しようと個人的にLINEに連絡したら
「あっ私今外国にいるの?三年ぐらいかな?頑張るね」
あっちゃー!もうジエンドなのか…
これから3年連絡取らずに帰る予定の3月に「嫁さんいつ帰るんですか?」とLINEしたら。
「3月〇〇日に帰ります」と返事
そして運命の日
私は1通の手紙に彼女への思いをしたためた。
髪も切ったけどでも素敵な彼女が帰国した。

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うちの娘は他の子よりも遅れて学力のエンジンが掛かったタイプだった
小学校まではダンスィもどきで勉強がめちゃくちゃ苦手、成績は下から数えてすぐの子だった
が、中1になって初めての夏休みを終えたあたりで突如覚醒
本人曰く家族旅行で行った科学博物館で著名な科学者とお喋りしたことが原因らしい
あのおじちゃん面白かったからまた話したい、教授してるらしいしおじちゃんの大学へ行くって言い出した


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俺と嫁(6歳下:国籍は地球の裏側)は今年で25周年。
長女が秋には嫁ぐことになっているが、
そんな俺と嫁の馴れ初めとか需要ある?

多少フェイク入れている。
まあ、辻褄が合わない部分があっても多めに見てくれ。
あくまで俺と嫁の馴れ初めなんで面白いことはないかもしれないが、悪しからず。

俺の家は親父の代から士業をしているのだが、その仕事の無料相談会に
義父が商売の相談をしに来たのが始まりだった。
当時、俺は東京で大学に通っていたのだが、
長期休みで家に帰っていた。


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俺は昔虐められてた。
っていっても俺自身はポジティブ人間だし、クラス全員からっていうよりはカースト上位の10人くらいからだったから不登校とかグレたりせずにすんだし、そもそも当時は虐めにも気付いてなかった。
虐められた理由はわからん。
多分気に食わないとかそんなもんだと思う。
教室移動の時に小突かれたりプロレスごっこと称されて技かけられたりしてた。
まぁそんな感じでそこそこの学校生活を送ってたんだが、転機が訪れたんだ。
当時読んでた漫画の中にヤンキーが喧嘩して絆が生まれていくってやつがあった。
読んでてコレだ!ってなったよ。

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幼少期、パパべったり大好き娘が思春期になり、正反対のパパ大嫌い娘に変身。
俺の事は「あの人」と呼び、帰宅するとすぐ部屋に行ってしまう。
一緒の洗濯を嫌がるどころか、同じハンガーに干すのも嫌がり、娘の後に俺がトイレに入ると怒る。
高校進学の相談は全て妻経由。
さすがに凹んで同年代の友同僚に話すも

「娘なんてどこでもそんなもの」

と。
まあそんなもんかとあきらめ、働きバチに甘んじることにした。
そんな娘でも可愛いかったのだ。
昔、両親、嫁両親に同じことを言われた。
子供は3歳までに親の恩を全て返す。
その意味が分かった気がした。
幼少期の可愛さで全て許せたから。


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今でも都度思い出す出来事。
今も昔もイジメは無くならない。
子供だけではなく大人の社会でも。
イジメの形は時代と共にかわり、わかりやすい被害(無視や陰口、器物破損/暴力)にSNSでの誹謗中傷/晒しも加わった。
その中で事あるごとに思い出し身を正す出来事を書く。

中学校の同級生にT君という同級生がいた。
T君とは小学校が同じだったが、第二次ベビーブーム世代でマンモス中学、一学年(一クラス35〜40人)が9クラスあったため、他クラスだった。

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義兄と思わぬことで仲良くなったこと
親戚が俺の自宅集ったんだが、女勢が集まって外に買い物と気晴らしに行ったついでに、ドライバーとして同行した男衆除いて
残った俺と義兄と年長の甥で留守の子供たちの面倒見ることになった。
甥は次姉の子で大学生年も近くよくラインとかでも話して気心は知れてるけど、義兄とは交流があまりなくインテリ然とした人で普段から物静かでどこか近寄り難い人だった。
男3人で子どもの面倒を見たものの、やんちゃ盛り男子が多いので大人しくさせようとアマプラから子供たちが喜びそうな特撮映画見せることにした。
甥は子供の遊び相手につかれて昼寝してたが、俺と義兄はチビたちの監視も兼ねてアマプラ見てた。


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嫁との馴れ初め語らせてくれ!
一目惚れしてから5年、付き合ってくれとずっと言い続けて、しかしずっと冷たかった。
5年後、俺のアプローチに応えてくれたきっかけが俺の病気のカミングアウトだったんだ。

中学生の時に脱毛症になってからずっとカツラだってことを嫌われるんじゃないかと思いながら伝えた。
そしたら、急に俺と付き合ってくれるって言い出した。
何故か聴くと
辛い思いしてきた分、人の痛みが分かる人なんだなと思って だと!

俺は恥ずかしながら号泣。
人生で初めて脱毛症になってよかったと思った。

一昨日でちょうど結婚5年。
嫁に散々スキンヘッドは普通の髪型と言われ続けカツラなしで出かけられるようになった。
たまに嫁からハゲいじりされるけどw

今も嫁から愛されてることを日々感じる。
俺はこれからも嫁を大切に大切にししようと思う。
全国のハゲに幸あれ!

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今から、30年前は、ストリップでお客を上げて本番するのが普通だった
20代の俺は、やりたくてやりたくてたまらない性欲旺盛であった
最初は手を挙げるのをためらっていたが、息子は勃起
「ママよ」と手を挙げた
手を挙げた男の客でじゃんけん・・・これに勝ったんだよ
舞台に上がってズボン脱がせて貰ってフ○○
そして、騎乗位で挿入、気持ち良さは抜群でもうたまらん
正常位になると本気で喘ぎ悶える姫
最高の気分で中出しさせてくれました
それから、おっかけを始め、姫が行く劇場で、初演から手を挙げ続けた
舞台に上がることが多くなり、姫も当然俺のことを覚えた
そして、舞台が終わってから、プライベートで会う仲になって
しばらく同棲していたが、籍を入れて夫婦になった
古い話ですみませんでっす
 
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子供の頃から交通事故によく合う友人がいた
自転車で縁石にぶつかり転倒や雨の日にスリップ事故をしょちゅう起こしていた
その時はたいてい自分が怪我するだけのおっちょこちょいって奴だった
ここまでならただのアホと言えるのだが、
横断中に信号無視の車にひかれたり、一時停止無視の車にぶつかったり、車の右左折に巻き込まれたりと
呪われているんじゃないかと言う位、車に関わることで不運な奴だった

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夫は父子家庭だった。
母親は夫が高1の時に亡くなったそうだ。
義父も父子家庭だった。
義父が中3の時に亡くなったそうだ。
義祖父の母も同じで、みんな母親が40になる前に亡くなってるらしい。

そしてみんな一人っ子だった。
何その蜘蛛の糸のような細々とした血筋。
ぶっちゃけ呪われてるんじゃないかって近所でも噂になったことがあったらしく
義父からは、もしうちの息子と結婚してくれるなら
田んぼも何もかも処分して土地を離れてもいいって言われた。


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企業の合併で、人事シャッフルのために異動した先に彼女は居たんだ。
第一印象 「すごい顔の女が居るなぁ〜(汗」 いや、冗談でなくマジに!
席が隣だったんだけど、なるべく顔を見ないように会話してたくらいだ。
そんな人と何故仲良くなったかと言うと、お菓子の交換のせい。
コンビニで見つけた期間限定や美味しそうな菓子を事務所に持ち帰っては、
隣の席だからと1個わけてあげると彼女も同じような事をして返す。
性格が全く合わないが、この辺の趣味だけは一致してた。
会話するうち、いい歳してピンクやフリルが大好きな乙女だと判明w
「そーか!この人はゴジラの着ぐるみを着た乙女なんだ」と理解した。


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嫁さんは高校の同級生で元カノ

高校生の時交際していたけど
手繋ぎとキス止まりで
大学は別々になり交際は自然消滅
大学卒業後就職し数年後に会社近くの
賃貸マンションで一人暮らし
その部屋は殺人事件があった部屋
訳アリ物件なので家賃が安い
部屋は壁紙や床板キッチン風呂トイレ
すべて完全リフォーム済で快適

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義母はメシウマ。
出汁の味がしっかりする上品な薄味。
京風に近い。
私はフツメシ。
田舎風濃い味。
味は普通だが全体に茶色い。
夫と付き合ってはじめて私が作った料理はチャーハン。
超適当な醤油味で、具はソーセージ(アルトバイエルン)と卵とネギ。

「こんなんしかないわごめーん」

と出したら

「超うまい!何これ!!」

と一分で完食した。

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定年退職した父から聞いた父の元職場の移り変わりが考えさせられた
父の元職場は先端工学技術系の企業で規模自体は小さいけど一流の職人や高学歴の技術者ばかりで構成されて給料も高い優良企業
しかし昔はそんな先端技術があるわけでもなく給料も高くない平凡な下町の町工場だったらしい
創業者の初代社長は本人も叩き上げの職人で、地元の学歴のない不良を集めて技術を仕込んで職人に育て上げて厚生させて地元に貢献するという理念でやってきたそうだった


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高校も大学も工業系で就職した父の会社もおばちゃんがいるけど男ばかりで俺はずっと作業着を着て仕事をしていた
28にもなって素人童貞、女の子の前だと緊張して話せないしイケメンには程遠いから相手にもされなかった
そんな俺を不憫に思ったのか父親が関連会社の社長の娘さんを紹介してくれたんだ
凄く綺麗で俺は二つ返事でOK、相手には断られると思っていたが了承してくれたから、もう嬉しくて嬉しくて彼女のためなら何でもしたよ
彼女はあまり意見を言わない人でプレゼントを渡しても喜んでいるようないないような感じだった


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航空自衛官時代に先輩から聞いた真偽不明だが伝わってる噂話
当時防衛庁長官だった中曽根康弘氏がある空自基地を視察してて昼食時になったので
基地司令が用意した会食の席へ公用車を走らせていると
途中で隊員用食堂を見つけた中曽根氏は無理やり車を止めさせて
周りの連中が止めるのを構わず隊員と同じ列を並んで同じ飯を食い出した
話を聞いた基地司令が青くなって向かったところ中曽根氏は

「どうもご馳走様でした。代金は後で払いますので」

と言い切り
それから全国の空自基地に伝わって食堂のレベルを一気に向上させたそうな
俺の在職中ひどいのもあったけど概ねおいしいご飯が食べれるようになってた恩人の訃報を聞いてふと思い出した
 
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最初の出会いは兄の婚約者だった

兄と兄彼女が両方の親に挨拶をし
結納の日取りをと言ったところ
自分の親が興信所に依頼をしたら
兄彼女は風俗店の経験があり
兄は風俗経験がどうしても嫌で
婚約破棄になりました
兄の婚約者見た目は黒髪で清楚な女性
話しもおっとりしていて
風俗経験があったなんて信じられない女性


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リアルじゃ言えないことなのでここで言わせて。

一昨年父が亡くなって、一人娘の私がすべて相続した。
父は普通のサラリーマンで、実家の経済状況とか全然知らなかった。
介護でもやってたら色々知る機会はあっただろうけど、突然死だったから。

父が株やってることは知ってたけど、ちまちま小遣い稼ぎしてる程度だと思ってたんだ。
株に関する話とかしたことなかったし。
でも何社か所有していた株全てが優良株とやらで、税理士さんがいうには
全部現金化したら億を軽く超えるらしい。

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同級生の男子が小学4年生くらいから、たまに女物の服を着るようになった。
さすがにスカートとかは履かなかったがズボンも服もフリルやラインストーン、リボンがついていて可愛らしいデザイン。
彼は坊主頭で外遊びや野球やイタズラが大好きなやんちゃな男の子だから初めの頃はみんなびっくりした。

女の服は毎日じゃなかったし、そういう格好の日は当時流行っていたオネエタレントのモノマネでふざけていたからネタでやっていると思っていた。
しかし、その格好の日は絶対に外遊びとか汚れることをしなかった。
どうしてもやらなければならない時は体操服に着替えてやっていた。


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結婚10年迎えたので記念に書いてみた
じいさんがジジイと結んだ縁だ
俺のじいさんが死んでその葬式の日
あろうことかネクタイ結ぶのに時間がかかって遅刻しそうになっていた
急いで車を走らせていると、人通りの少ない山道でジジイが倒れている
離れたところに原付が転がってて、すごい衝撃があったのが予想された
車をおりて駆け寄り救急車呼ぼうかと声をかける
すると、ジジイがカッと目を見開きむんずと手を掴んできて

「あんちゃん頼むから警察には連絡しないくんちぇ、婆さまに怒られるからよぉ」

と懇願された

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俺が8歳の頃、美しい海辺のハイビスカスに囲まれた白い砂浜で、言葉の通じない女の子と喋る夢を見た
彼女は必死に俺と打ち解けようと色々な話をするんだが、俺はその子の言葉が分からない
それでも2人ずっとおしゃべりしてた夢を観たんだ
それが始まりだった

それから20年、社員旅行で南の島へ
沖縄旅行の初日の夜だ
俺は沖縄は初めてだった
初日の夜から会社の同僚と酒飲んで歩いて、たまたま行ったキャバクラに同僚がハマり込んだ
俺は付き合いきれなくてなって、1人ホテルに帰った
そんな時に出会ったんだ


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うちの元ガチ勢アスリート義母(オリンピック代表の座を争ったマラソンランナー)が近所の人が飼えなくなった犬を引き取った。
元々は近所の老夫婦の犬で、爺ちゃんばあちゃんとのんびり歩いていた犬。
微笑ましくも憧れる光景だった。
そしてお爺さんが亡くなってお婆さんが一人で飼ってたんだけど、施設に入る事になって泣く泣く手放した。
犬はもう最初は捨てられたのかとでも思ったのかショボンとしててロクに餌も食わなった。
みんなでオロオロしてたんだけど、脳筋義母が
「そういう時には運動!」と毎日無理矢理散歩に連れ出し始めた。


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嫁と俺は高校の同級生
キモメンの俺がギャルの気まぐれによりいじられポジションに
いや、いじめられてたのかもしれない
淡い恋心をいだくも進学で疎遠
就職後、田んぼで釣りしてたら、田植えしてたギャルと再開し結婚


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才色兼備のAさんが同僚Bさんと結婚するそうで、お祝い会を開いた。
その席でCさんが

「なんでBさんなのかわからない。Aさんは絶対イケメンのDを選ぶと思ってた」

と発言。
この時点で神経わからなかった。

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嫁との馴れ初めの前に俺の生い立ちから

俺は中3の時に両親を亡くし、そのショックから立ち直れなくて
高校を受験せずに卒業
俺を引き取ってくれた叔父(独身)の叱咤激励により立ち直り、
バイトと勉強とトレーニングに明け暮れる
それから約一年、大検受けるか高校受験するか考えてて、
叔父の薦めで高校に進学した


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昔出会った今の上司が衝撃だった。

自分はどの部署に行ってもタライ回されて、使えない噂と共に別の部署に回されるから会社に嫌われてるのかとずっと思ってた。
どこの職場の人にも嫌われるから発達障害も疑って病院に行ってみるも完全な健全者。
仕事を辞めよう、いつ言い出そうと悩みながら働いてた時、上司に呼び出された。
良くある雰囲気でまた他部署に移籍か、もう辞めようと決意固めて入ったら上司にこれ見てほしいって、人事ファイル見せてきた。

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メンヘラ嫁とは出会い系で知り合った
ポケベルから携帯になった時代の話だ
俺は某出会い系でネカマのふりして暇つぶししてた
同時高校生だった嫁は近くのメル友を探してて、俺は二歳上のお姉さんてことになってる
実際は六歳上のおっさんだ
複雑な家庭ことや二股かけられてた元彼のこと、学校で浮いてて本当の友達がいないと、それで病んでることを相談されてた
消えて無くなりたいが口癖だった

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自分の親父の話。

/読磴箸袋は、高校の同級生。
クラスは離れていたけど
朝晩の通学で気になっている存在でした。
入学して間もなくから当時長い髪の高校生はお袋だけ。
後年 お袋がが話していたのは、登下校のバスでずっと睨んでいた人がいて怖かったとw

帰りも同じぐらいの下校が出来たのは、違う運動部で部活していたから。
ずっと見つめていた(親父視点)、ずっと睨まれていた(お袋視点)


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私、先々月義母を見送ったよ。
亡くなる前の日に

「ありがとね。あんたが娘になって良かった。楽しかった」

って言われた。
私も義母さん、大好きだった。
楽しかった。
もっともっと一緒に旅行とかしたかった。
義母の前には義祖母、その前には義祖父、その更に前には義曾祖母、
みんな見送った。
みんなみんないい人だった。


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