勇者「魔王倒したし帰るか」

勇者「王様チィーッス。勇者ですよーっと」

王様「だ、誰だ!?」

勇者「いやだから勇者だって。ほれ勇者の印」ぺかー

王様「それは確かに勇者のみが持つ……ああ、すみませぬ。あまりにもその……容姿がお変わりになってて」

勇者「あー、痩せたしね。ヒゲとかも生えてるし。何より格好がこ汚いよな。鎧とかドロドロだし臭いし」

王様「い、いえ。決してそのような……」

勇者「無理しなくてもいいって。あ、ごめんちょっと吸わせてもらっていい?」

王様「は? あ、ああ、葉巻ですか? では兵に良い物を用意させましょう」



勇者「いいっていいって。自分のあるし」

王様「そうですか。ところでその……他の皆様は?」

勇者「んー、戦士と魔法使いと僧侶の事?」

王様「はい。お仲間方はどこに?」

勇者「死んだよ。俺以外は全員」プハー

王様「え?」

勇者「…………」スー……プハー

王様「……この度は……誠にその……」

勇者「あー、そういうのいいっていいって」

王様「ですが……なぜ皆様は、その、討ち死にを?」

勇者「ほんじゃその辺りも含めて、メシでも食いながら説明しようか。正直、俺ハラ減って死にそうなんだわ」ぐきゅるる〜

王様「も、申し訳ございません! 誰ぞ! 誰ぞあるか! 勇者様の凱旋じゃ! 宴を開け!!」

兵士「ハハッ!」

勇者「…………」プハー

宴の場

勇者「うめえうめえうめえ」ガツガツガツガツ

姫様「まあ、勇者様は健啖ですのね」

勇者「この商売、食えるときに食っとかないとねー」ガツガツガツ

姫様「勇者様、こちらの品も美味しゅうございますわよ」

勇者「へー。どれどれ……お、ほんとだうめえ」ガツガツガツ

姫様「あらあら。お食事は逃げませんわよ?」

勇者「……んなこたねえよ」

姫様「え?」

勇者「…………」ガツガツガツガツ

王様「おお、こちらにいらっしゃったか勇者どの。おや? 姫もこちらにいたか」

姫様「はいお父様。勇者様ったら、わたくしとのお話よりも、お食事のほうが楽しいようで。まさか豚の丸焼きに嫉妬するとは思いもしませんでしたわ」

王様「はっはっは。きっと勇者様も照れているのだよ。姫の美しさに」

姫様「まあ。そうなんですの勇者様?」

勇者「あー、そうっすね。そうだと思いますはい」ガツガツガツ

王様「ところで勇者様、そろそろ魔王討伐までのお話などをいただければと思います」

勇者「んー、そうね。ハラも膨れたし」

王様「できれば、お仲間方の勇敢なる最後なども聞かせていただければと思います」

勇者「へいへい。そんじゃ行きますかね」

姫様「期待しております勇者様」

勇者「うーっす」

壇上

勇者「えー、どうも勇者です」

ザワザワ
「おお、あれが……」
「憎き魔王を……」
「英雄だ」
ザワザワ

勇者「そんじゃあどっから話しますかね。んー、そうね。食い物の話でもするか」

王様「ゆ、勇者様!?」

勇者「ん? どしたの?」

王様「で、できれば冒険のお話を……」

勇者「メシだって冒険の一部だよ。嫌ならメシ食いに戻るぞ俺」

王様「も、申し訳ありません。続けてください」

勇者「うーい。えーっと、皆さん、今日は美味い物いっぱいありますよね。俺もさっきから驚きっぱなしなぐらい美味いものばっかです」

勇者「こんな美味い物食ったのは半年ぶりぐらいです」

勇者「じゃあ普段は何を食ってたんだって話ですが、皆さんは街の周りにいるあばれイモムシとか、どくウサギとか食ったことあります?」

ザワザワ

勇者「ははは、ないっすよねえ。下ごしらえ大変だし、大変な割には美味くもないし。何より、それは魔物だし」

勇者「えー、ですが、牛や豚や鳥や、畑で採れる野菜なんてのは人間が飼ってたり作ったりしたものでして」

勇者「そして俺や仲間は魔族が支配してた土地を冒険していたわけで」

勇者「なあ王様」

王様「は、はい」

勇者「この世界に、人間の国や街や村が大体どれぐらいあるか把握してる?」

王様「え、ええと……大きい国は5つ。街や村で考えると……100は無いかと」

勇者「ふむ。その中で、魔王の居城の近くにある街や村の数は?」

王様「……0です。あっても魔王に支配されているか、滅ぼされているか」

勇者「よくできました。勇者マークあげちゃいます」

王様「い、いえ。そのような」

勇者「さてさて皆さん、こんな感じで基本的に魔王の城に近づくにつれ、街や村は減っていきます。そして、少ない街や村は基本的に貧困です」

勇者「そんな場所で摂取できる食べ物とは……はい姫様、答えをどうぞ」

姫様「魔物……」

勇者「はいよくできましたー。勇者マーク進呈! やったね!」

勇者「でだ。この辺りにいる魔物、つまりはあばれイモムシとかどくウサギみたいな奴らね。あいつらは、気性が荒いとはいえ、動物とそんなに変わりません」

勇者「ですが、魔王の城に近づくにつれ、魔物ってのは変化していきます」

勇者「では王様、第二問! その変化というのは?」

王様「…………わかりませぬ」

勇者「ブブー! はっずれー。勇者マークはおあずけー」

王様「…………」

勇者「その変化ってのはね。あいつら、知能が上がっていくんだよ」

勇者「知能が上がるってのは、感情が激しく出たり、言葉を喋ったりって感じで表れてくる」

勇者「泣きながら攻撃してきた奴を、『殺さないで』と懇願してきた奴を食って俺達は生きてきた」

勇者「人食いとなんら変わりねえ。それがあんたらの言う勇者って存在だ」

王様「…………」

姫様「…………」

勇者「おっと、湿っぽくなっちゃったね。えーっと、じゃあ話題を変えますか」

勇者「じゃあ、我らが誇る仲間たちの話でもしますか」

ザワザワ
「確か戦死されたと……」
「先程の勇者様が言われたような思いをしてまで勇敢に……」
「おお……実に誇らしい……」
ザワザワ

勇者「えー、じゃあ死んでいった順番に話しましょうかね。っと、じゃあ姫様に第二問!」

姫様「えっ!? あ、ええと」

勇者「一番最初に死んだのはズバリ誰!?」

姫様「……っ!! ふ、ふざけないでください勇者様! そのように死者を愚弄するのは……!」

勇者「いいから答えろ」

姫様「ヒッ! ……で、では、魔法使いどの……?」

勇者「なるほどー、確かに見た目も中身も温室育ちの女の子だったしねー。体力もなかったし、魔物食う時も一番ギャーギャー泣きわめいてたのもあいつだ」

姫様「…………」

勇者「でもはっずれー。正解はー……ぱんぱかぱーん! 戦士でーす!」

姫様「せ、戦士どのですか!? そんな、あの方はこの国一の怪力で、身体も心もとてもお強い方でしたのに!」

勇者「うん、そうだね。あいつは強かったよ。俺らみたいに魔法が使えないからって、いっつも真っ先に魔物に突っ込んで体を張って頑張った」

勇者「だから真っ先に死んだ」

姫様「では、魔物にやられて……」

勇者「違うよ。第一、魔物にやられたんなら蘇生できるでしょ教会とかで」

姫様「確かに……それでは、戦士どのはいったいなんで……?」

勇者「俺が殺した。あいつに頼まれてな」

姫様「な!?」

ザワザワ

勇者「…………」

姫様「もしや戦士どのは、魔王に操られ……?」

勇者「いんや違うよ。自分の意志で俺に『殺してくれ』と頼んだ。だから殺した」

姫様「なぜ!? なぜそのような!?」

勇者「じゃあその辺も踏まえて話しましょうかね」

勇者「さっき話したように、戦士は真っ先に魔物に突っ込んでいく事を選んだ」

勇者「なので、誰よりも身体に傷を負った」

勇者「誰よりも回復の魔法を受け、誰よりも回復の薬を使った」

勇者「結果、あいつは中毒になったんだよ」

姫様「……中毒?」

勇者「あー、馴染みないか。そりゃまあ、回復魔法もこの辺りの薬草も中毒性は低いしなあ」

勇者「中毒ってのは、それがないと駄目な状態と考えててくれ」

勇者「さてさて、皆さんはこれをご存知ですか?」ちゃぽん

王様「そのビンの中にあるのは一体?」

勇者「だよねー。見たことないよね。これは、魔王城近辺に生えてる特殊な薬草を煮出して凝縮させた、超回復薬だよ」

勇者「こいつは凄いよ。例えば、腕が吹っ飛んだとしても傷口から再生しちゃう。ボコボコーって。トカゲかってーのって感じ」

王様「そのような薬が……」

勇者「まあ、死んでさえなけりゃあこれで治るよ。……身体はね」

勇者「でも、精神はそうはいかない」

姫様「精神……?」

勇者「そう精神。心ともいうかな。そこがね、壊れてくるの」

勇者「この薬はよく効く反面、とても強いんだ。強くて強くて、心をズタボロにできるぐらいに」

勇者「一口飲むと、激しい高翌揚感で何でもできそうになる。実際、傷が治っちゃう訳だし」

勇者「でも、飲んで一時間後ぐらいかな。その辺りから副作用が出始める」

勇者「幻覚が見えてきたり、体の筋肉が弛緩したり、訳のわからないことを叫んだり、身体の中を虫が這いずり回ってるように感じたり」

勇者「そういう状態が半日ぐらい続くんだ」

勇者「だけど、半日もそうしてて魔物に襲われでもしたら一巻の終わりだ」

勇者「だから、こいつの副作用が出始めた頃に、精神を落ち着ける魔法をかけてもらうか、薄くした超回復薬をまた飲んでだましだましやっていく」

勇者「そんな事を続けていった結果、戦士はどうしようもないぐらいに心が壊れちゃった」

姫様「そうなってしまう前に、安全な国に戻って養生することはできなかったのですか!?」

勇者「あー、俺が帰ってくる時に使った移動魔法ね。まあ確かに、あれを使えば一瞬でここには戻れたな」

姫様「だったら!」

勇者「でも却下だ」

姫様「何故!?」

勇者「移動魔法ってのは、移動先が限定されている」

勇者「この城にもあるよね? 移動魔法用の魔方陣」

勇者「だからここには戻れる」

姫様「だから戻れるのなら何故!?」

勇者「じゃあ戻った後は?」

姫様「は? 後といいますと?」

勇者「戻った後、養生して、すっかりよくなった後だよ」

姫様「それは……また魔王を倒すために……」

勇者「どうやって行くの?」

姫様「そ、それは移動魔法で……」

勇者「魔王の支配力が強い場所へ? 魔方陣も無いのに? どうやって?」

姫様「…………」

勇者「っと、いじめすぎちゃった。ごめんね。まあ、この辺りならね、姫様の案でも悪くないのよ」

勇者「でも、24時間どんな時に凶悪な魔物に襲われるかわからないような場所で。更には先に何があるかもわからない場所ではそうはいかないんだ」

勇者「魔物を殺して薬を飲んで、魔物を食ってまた殺して。傷ついて癒してまた傷ついて」

勇者「戦士はさ、薬の副作用で髪の毛なんてぜーんぶ抜けちゃってさ」

勇者「まあ俺ほどとは言えないまでも、それなりにハンサムだった顔とかもどんどん変わっちゃってさ」

勇者「笑うと糸みたいになって、見てるこっちが笑っちゃうような目も、ぎょろぎょろしてギラギラしててさ」

勇者「俺に冗談を言っては豪快に笑ってた口も、半開きでよだれ垂らして、ずーっとブツブツ言ってるようになってさ」

勇者「武器も鎧も盾も兜も、魔物の血で常に真っ赤でさ」

勇者「どっちが魔物なのか、俺にはもうわからなかった」

姫様「…………」

勇者「でさ、魔王の直下にある四天王の一人を倒した時、腕も足も片目も吹っ飛んで、内臓なんかでろーっと見えてる状態であいつ言ったんだ」

勇者「『殺してくれ』ってさ」

勇者「当然、みんな断ったよ。魔法使いなんて、普段は戦士と喧嘩ばっかしてたのに、すげえ泣いてんの」

勇者「涙と自分の傷から出た血でべちゃべちゃな顔でさ」

勇者「『あたしを置いて行かないでくれ』とか『約束したじゃないか』とかさ」

勇者「そしたらさ、戦士ぷるぷる震えながら、目を糸目にして、少し困ったようにさ」

勇者「『ごめんな』って言ってさ」

勇者「あいつら、きっと両思いだったんじゃないかなあ」

勇者「そんで、あいつ俺に『頼む』って言ってさ」

勇者「だから殺した」

姫様「ゆ、勇者様は悪くは……」

勇者「あー、そういうのどうでもいいのよ。ただ、俺が戦士を殺したって事は事実な訳で。それはどうしようもない現実な訳で」

姫様「でも……でもそんなのって……」

勇者「悲しすぎますーって感じかな? ありがとねー。お礼に勇者マークしんてー」

勇者「多分さ、戦士はもう限界だったんだと思うよ」

勇者「最後こそちゃんと喋れたけど、その前なんて『うー』とか『あー』しか言えなくなってたし」

勇者「何度も俺たちを魔物と間違えて攻撃しようとしちゃってたし」

勇者「魔法使いにさ、攻撃しようとしちゃったし」

勇者「ギリギリで気付いて、泣きながら壁にガンガン頭ぶつけたりしてさ」

勇者「みんなが止めても言うこと聞かなくて困っちゃったよ」

勇者「長くなっちゃったね。戦士の話はこんなとこかな」

勇者「次は、魔法使いの話だ」

再開。見てくれてる人に感謝

勇者「さて、魔法使いの死因だけど。よし、じゃあ王様! 魔法使いはなんで死んじゃったでしょー!」

王様「ま、魔物にやられて……」

勇者「ブブー! ふせいかーい! 答えはー……」

姫様「……自殺ではないでしょうか」

勇者「おお、凄いね姫様。だいせいかーい! 勇者マーク進呈! 拍手っ!」

シーン

勇者「なんだよもう。ノリ悪いなぁみんな。まあいっか。それで姫様、どうして自殺だと思った?」

姫様「魔法使いどのは戦士どのを愛されていた。愛する殿方がいない世なればいっそ……」

勇者「なるほどなー。うん、それも一つの理由だろうね」

姫様「では、他に理由があると?」

勇者「さあ? どうだろね」

姫様「はぐらかさないで下さい!」

勇者「だってさ、本当にわからないんだよ。わからなかったんだ俺達には」

勇者「戦士が死んでから、魔法使いは目に見てわかるほど変わったよ」

勇者「まあ、俺らみんな見た目なんて変わっちゃってたし、頭もどっかぶっ壊れてはいたんだけど」

勇者「でも、そういうんじゃなくて、魔法使いは……なんていうか、憎かったんだと思う」

王様「憎かった……魔王がでしょうか?」

勇者「魔王も含めてかな」

王様「魔王も含めて?」

勇者「うん。魔王も、魔物も、自分を置いて死んだ戦士も、戦士を救えなかった俺らも、自分も、きっと人間も」

姫様「そんな……」

勇者「きっと、全部全部憎くて憎くてたまんなかったんだと思う」

勇者「世界中が憎かったんだと思う」

勇者「魔法使いの使う魔法ってさ、結構えげつないのよ」

勇者「広範囲を爆破したり、でっかい炎で焼き尽くしたり、吹雪を呼んだりさ」

勇者「でも、あいつは戦士が死んでから、使う魔法なんかも変わったんだ。なんだと思う姫様?」

姫様「……魔法のことはよくわかりませぬ」

勇者「ですよねー。普通に生活してたら、あんま馴染みないもんね攻撃魔法って」

勇者「えっとね、毒や酸の魔法をよく使うようになったんだ」

姫様「毒や酸ですか?」

勇者「うん。でね、ピンとこないかもしんないけれど、この魔法って凄いのよ」

勇者「まず酸だけど、魔法で造り出した強力な酸って、多分みんなが想像してるよりずっと怖い」

勇者「地面とか溶けちゃって穴が開いちゃうし、これを敵に当てたら……ね?」

王様「…………」ゴクリ

勇者「悲鳴がね、耳から離れないんだ」

勇者「腕が、足が、指が、目が、耳が溶けていく魔物の悲鳴」

勇者「最初に話したけど、魔王の城に近ければ近いほどに魔物の知能は上がっていく」

勇者「人の言葉でね、俺達の使う言葉でね、泣き叫ぶんだ」

勇者「魔物を食べるって話をしたじゃん? あれはさ、ある意味、まだマシなのかもしれない」

勇者「だってさ、生きるためじゃん。食べないと死んじゃうから殺して食べる」

勇者「動物が動物を殺して食べる。世界の正しいあり方なのかもしれない」

勇者「だけど、魔法使いは違った」

勇者「苦しめたいから。憎いから。殺したいから」

勇者「狂った殺人鬼のでっきあっがりーってもんですよ」

姫様「う……ひっぐ……」

勇者「ありゃま、泣いちゃった。まずいなー、俺フェミニストなのに。ごめんなー」

勇者「でだ。毒の魔法なんだけど」

勇者「これは酸の魔法なんかよりえげつなかった」

勇者「王様も姫様も、ここに集まったえらーい人たちも知らないかもしれないけれど、魔物だって集落みたいなものを作ってるんだ」

王様「なんと……」

勇者「意外だった? でもさ、知能は人並、下手したら人よりも知能があるかもしれない生き物が沢山いるわけよ」

勇者「それに、オスもいればメスもいる。それがいるなら子供だってできる」

勇者「子供の魔物は当然大人なんかよりは弱い」

勇者「だから寄り集まって、集団生活をしたりする」

勇者「人となんら変わりはないよ」

勇者「魔法使いは、そんな集落で毒の魔法を使った」

勇者「正確には、集落の近くの河や、集落の中にある井戸水に」

勇者「当然、阿鼻叫喚の地獄絵図ですよ」

勇者「魔物にだってオスもいればメスもいる。子どももいれば年寄りもいる」

勇者「強いものも弱いものも混じって沢山いる」

勇者「それを別け隔てなく、魔法使いは皆殺しにした」

勇者「そして、そんな地獄で魔法使いは笑ってた」

勇者「魔法使いってさ、さっきも話した通り、元々は箱入りのお嬢様なんだよね」

勇者「だから冒険に出た最初の頃は、笑い方も『オホホホホー』みたいな変な笑い方でさ」

勇者「そんな変な笑い方を見て、俺や戦士がちょっかい出して、真っ赤に怒った魔法使いを、困った顔で僧侶がなだめて」

勇者「そんな時もあって……楽しかったなあ」

勇者「おっと、話が逸れた。駄目だね、思い出を話すと、紐づいて色んな思い出が溢れてくる」

勇者「でだ、集落での魔法使いは、お嬢様だとは思えない顔でゲタゲタ笑ってた」

勇者「とっくに狂ってたんだ」

勇者「そして、そんな彼女を見ても何も感じない俺も僧侶も」

勇者「とっくにみんな狂ってた」

勇者「血の海を見ながらゲタゲタ笑う魔法使いを他所に、俺達はのろのろと食料をあさってガツガツ貪り食った」

勇者「僧侶は泣いてた気もする。俺も泣いてたのかもしれない」

勇者「魔法使いも泣いてたのかもしれない」

勇者「まあそんなのはどうでもよくてですねー」

勇者「そんな事を繰り返してたある日の夜、俺達は凄いものを見たんだ」

勇者「どこまでも下へ続いてるような崖があってね。その場所を渡ると魔王の城までもう少しって場所だ」

勇者「そこでキャンプをしていたら、テントの外で魔法使いがキャーキャー叫んでた」

勇者「狂ったような声じゃなくてさ、歳相応の女の子が、綺麗な服を見て騒ぐような、あの暖かい感じで」

勇者「気になった俺と僧侶がテントから出ると、空一面で星が流れてた」

勇者「流星群っていうの? 偶然、見ることができたんだ」

勇者「つい数時間前まで、集落を潰して魔物の死体をザクザク切ったりして遊んでた魔法使いだけれど」

勇者「この時だけは子供みたいにさ。『すごいね』とか『綺麗』とか言っちゃってさ」

勇者「そんで、俺も僧侶もうなづいて、みんなで空をずっと眺めてた」

勇者「そしたら、魔法使いが言ったんだ」

勇者「『戦士にも見せたかったなー』って」

勇者「その辺の街中で、ふと言っちゃうような感じで。特別な感じでもなんでもなく言ったんだ」

勇者「次の日、魔法使いは居なくなってた」

勇者「崖の前に、魔法使いの杖と、これが置いてあった」

姫様「羊皮紙……まさか、遺書……?」

勇者「なのかなー?」

姫様「え? 勇者どのは中をご覧になってはいないのですか?」

勇者「いや見たよ? 俺も僧侶も中身を確認した」

姫様「でしたら、遺書ではない……? 中にいったい何が書かれてたのですか?」

勇者「見る? ほいよ」

姫様「あ、ありがとうございます。それでは…………ヒィッ!! こ、これは!?」

勇者「あっはっは。わかんないっしょ?」

姫様「うっ……うげっ……ケホッケホッ!」

王様「ひ、姫! 勇者様! まさかこの書に呪いを!?」

勇者「いんや、呪いの類はかかってないよ。正確には、呪いは『もう』かかってないだけど」

王様「ど、どういうことですか!」

勇者「まずその手紙、魔法使いの意思か意思じゃないのかわからんが、最初はとんでもない呪いがかかってた」

勇者「俺でも近くにいるだけで意識がゴリゴリ削られるようなシロモノでさー。弱い人間や魔物なら、近くによっただけで死んじゃったんじゃないかな」

勇者「んで、僧侶が必死になって呪いを解いたんだ」

勇者「そして、女の子の手紙だってのもあって、僧侶が見たんだけど、ショックで気絶しちゃってさ。丸一日は動けなかったねー」

王様「中にはいったい何が……」

勇者「ぐちゃぐちゃの血文字っつうか、血で描かれた絵」

勇者「一つだけわかるのは、魔法使いはこれを見た奴全員を呪ってると思うってことだけかな」

勇者「あいつ、世界がどこまで憎かったんだろうなー」

姫様「酷い……こんなの……こんな絵、人の描けるものじゃない」

王様「ひ、姫っ!」

勇者「姫様に全面的に同意だね。そんなもん描ける魔法使いも、それを見てもほとんど何も感じなくなった俺も、もうとっくに人じゃないんだろうなあ」

勇者「とまあ、魔法使いの話はこれでおしまい」

勇者「じゃあ最後。僧侶の話をはじめようか」

勇者「僧侶の死因については少し特殊なんで、問題は無しで。残念だけど勇者マークは諦めてね」

王様「…………」

姫様「…………」

勇者「さて、残りは俺と僧侶だけになった訳だけれど、結構大変だったのよこれが」

勇者「だってさ、戦力は12。しかも僧侶は戦闘職じゃない。そして、街に戻って仲間を集めてちゃ時間が足りない」

勇者「結果、俺達は逃げながら魔王の城へ向かった」

勇者「勇者とバレないようにみすぼらしい格好をして、魔物を騙し討ちして、泥水をすすって、獣みたいになりながら向かった」

勇者「もう中毒とか気にしてられなかった。超回復薬だって、それ以上に強い薬だってガブガブ飲んだよ」

勇者「ぐにゃぐにゃの景色を見ながら、何かの拍子にぶっつり切れちゃいそうな意識ではあったけれど、俺も僧侶も魔王の城まで生きて辿り着いた」

勇者「っと……」ぐらっ

王様「ゆ、勇者様!? 大丈夫ですか!?」

勇者「あー、大丈夫大丈夫。ごめん、ちょっと失礼して一服」

勇者「…………」スー……プハー……

王様「あの……勇者様、もしやその葉巻は……」

勇者「あー、うん。普通の葉巻じゃない。強い薬草と毒消し草を巻いて、煮詰めた聖水を染みこませた特別品」

王様「そんなものを……」

勇者「悪いね。でも、これ吸わないとさ、ほら」プルプル

王様「手が震えて……」

勇者「まあそういう事。ごめんねみなさん、もうちょっと待ってねー」プハー

シーン

勇者「うし、んじゃ続き。さて、どうにか魔王の城まで辿り着いた俺達だけれど、ここで俺がとんでもないヘマをやった」

勇者「魔王の側近に俺がいることがバレちまったんだ」

勇者「僧侶は運良く城の中で別行動をして情報を集めていたから大丈夫だったんだけれど、俺はそうはいかなかった」

勇者「どうにか魔王の側近は倒した。腐っても勇者だしね俺」

勇者「でも、俺も死んじゃったんだ」

これでいけたかな?

勇者「僧侶が見つけたとき、俺はっつうか、俺だったモノは指のかけらぐらいだったみたいでね」

勇者「普通、人が蘇生するためにはその人のパーツ、肉片でも灰でもいいんだけれど、半分以上は欲しい。せめて23は欲しいってのが常識でして」

勇者「つまり俺の蘇生は絶望的。ここで僧侶も諦めて帰っちゃえばよかったのになーとは今でも思う」

勇者「でも僧侶は諦めなかった。俺の身体の再生と蘇生を実行することにしたんだ」

勇者「と、ここで突発問題! ここで更に問題が発生します! それはなんでしょーか! 王様でも姫様でも、どちらが答えても構いません!」

王様「…………」

姫様「そういう気分ではございません……」

勇者「あーあ、残念。えーっと、勇者マークは……あー、足りてないねー。まあ後からだね」

王様「?」

姫様「?」

勇者「さてその問題とは、蘇生魔法は難易度の高い魔法だってことです」

勇者「元々、蘇生魔法を使う場合、簡易的な結界みたいなものを張って使うんだけれど、ここは魔王の城な訳で」

勇者「そんなもん張ったら、一発で魔王にバレちゃう可能性が高い。つうか確実にバレる」

勇者「そうなると俺の蘇生どころの話じゃないわけで」

勇者「更に、使う魔力だってべらぼうに必要で、今回はそれに高等な再生の魔法もミックスしなきゃいけないときたもんで」

勇者「もうねー、奇跡でもおきない限り無理! 無理無理無理無理かたつむり!ってぐらいの無理難題だったのよ」

姫様「ですが、勇者どのがここにいらっしゃるということは」

勇者「うんそう。でも、奇跡なんて起きてないよ」

姫様「え? でしたらつまり?」

勇者「すげえ強引な手を使ったんだあいつ」

姫様「強引な手?」

勇者「そ。だから死んだんだ」

勇者「俺が気付いたとき、辺りは真っ赤だった」

勇者「身体を再生して、死んでたところを無理やり引き戻されて、痛みや吐き気で転げまわっってた」

勇者「でも嬉しかった。僧侶が必死になって蘇生させてくれたんだとわかってたから」

勇者「だから、ゲロをまき散らしながら、がくがく震えながら、それでも立って僧侶を探したんだ」

勇者「でも、僧侶は僧侶じゃなくなってた」

勇者「あたり一面に割れた回復の薬のビンや、使い終わったスクロールなんかが落ちてた」

勇者「どれも魔力を回復するためのシロモノだったよ」

勇者「僧侶が何をやったのかは簡単な話だ。色んな工程を魔力で強引に押し切ったってだけ」

勇者「当然、そんなことしたら魔力なんてすぐ空っぽになるわけで」

勇者「なので、無くなるそばから薬をがぶ飲みしたりスクロールで強引に回復させて、また魔法を使ってって訳」

勇者「でもなー。人の体って、限界みたいなものがあるじゃん?」

勇者「僧侶がやったのは、その許容量を遥かに越えるような事なのよ」

勇者「そして僧侶は……」

王様「魔力に耐えられず、消滅……?」

勇者「だったらマシだった」

勇者「部屋の端っこにね、もぞもぞ動くものがあったんだ」

勇者「なんだろー?って思って近づいてみたら、子供ぐらいの大きさのピンクの肉がもぞもぞしててな」

姫様「や……やめて……」

勇者「やめねえよ。お前らが楽しみにしてたみんなの話だ。聞けよ」

勇者「あいつなー、僧侶なー、回復魔法を垂れ流すだけの肉の塊になってたんだよ」

勇者「どっかの文献にあったんだけど、回復魔法を延々と流し続ける石ってのがこの世にはあるらしくてさ」

勇者「僧侶は、多分それに近い物になったんだと思う」

勇者「つうか、そんな石より凄いもんになったとも言えるね」

勇者「それって一抱えぐらいあるんだけれど、持ってるだけで傷が治っちゃうのよ」

勇者「そんで、持ってたら僧侶の声っていうか、意識みたいなのが流れてきた」

勇者「『食え』」

王様「は?」

姫様「え?」

勇者「いやだから『食え』って言われたの」

王様「え? いやその……」

姫様「何を……?」

勇者「僧侶だった肉を」

王様「…………」カタカタカタカタ

勇者「だから食った」

姫様「そんな……僧侶どのの最後がそんな……」

勇者「ああ、勘違いしないでね。僧侶は俺を蘇生してる時に死んだんだよ」

姫様「でも、先ほど僧侶どのは、その、肉に」

勇者「肉は肉。あいつと一緒にするな」

姫様「す、すみません!」

勇者「とまあ、そんな訳で勇者パーティーは全滅しましたとさ。おしまい」

王様「全滅? で、ですが勇者様は」

勇者「ああ、俺? んー、どうなんだろ? 今の俺って勇者って言えるのかね?」

勇者「勇者ってのはさ、人のために生きて、人の為に魔王を倒す人でしょ?」

勇者「俺はさ、肉を食った瞬間から、いや違うな。もうずーっと前から、人の為になんか戦ってなかったと思うんだ」

勇者「誰かのために戦ってたんだとしたら、仲間の為なんだと思うよ」

勇者「そういう意味じゃ僧侶が死んだ瞬間、俺はもう勇者なんかじゃなくなってたんだと思う」

勇者「一応ね、魔王は倒したよ。そりゃねえ、常に回復しっぱなしの状態ですもん。例え即死魔法打ち込まれても死ねないとかどうなのー?って感じですよ」

勇者「あー、そうだ。もう一個、重大なことがあるんだ」

王様「一体、これ以上に何が」

勇者「そう難しいことじゃないよ。簡単簡単。僧侶の願い事なんだ」

王様「僧侶どのの願い?」

勇者「そ。願い。あいつさー、魔法使いが死んじゃった後、俺に言ったんだ」

勇者「『もう二度と、勇者も、勇者の仲間も現れない世界にしてください』って」

勇者「惚れた弱みってやつだね。俺もうんって頷いちゃったんだ」

勇者「だからその願いを叶えたい」

王様「そ、それは魔王を倒して欲しいという事では」

勇者「んー、そりゃ今の時代ってだけでしょ?」

勇者「魔王ってのはさ、例え今倒したとしても、いつかまた新しい魔王が産まれちゃう。数百年後か数千年後かはわかんないけどさ」

勇者「時代が証明してるよね」

勇者「だから俺は考えた。どうすればいいのかなーって」

勇者「そして思いついた。僧侶は魔王の出ない世界にしてくれといったわけじゃない」

勇者「勇者の現れない世界を望んだんだ」


小さな農村

魔物の老婆「はいおしまい」

魔物の少年「ニンゲンって馬鹿だねー」

魔物の少女「ねー」

魔物の老婆「はいはい、お話は終わったんだからもう寝なさい。悪いニンゲンにさらわれてしまいますよ」

魔物の少年「えー、弱っちいニンゲンぐらい大丈夫だよ。この前、2頭も仕留めたんだもん!」

魔物の少女「でもニンゲン怖いよ? ガーって襲ってくるもん」

魔物の老婆「さっきも話したでしょう? ニンゲンは今でこそこうだけれど、昔は頭のいいニンゲンや強いニンゲンだっていて、魔物を襲ってたんだよ?」

魔物の少年「はーい……」

魔物の少女「おやすみおばーちゃん」

魔物の老婆「はいおやすみなさい」

魔物の老婆「ふぅ……最近は凶暴なニンゲンが増えてきたし、困ったもんだよ……」

魔物の老婆「でも、きっとニンゲンの魔王を倒してくれる魔物がきっと……」


どこか

魔物の青年「魔王よ、何か言うことはあるか?」

「あー、二つほど」

魔物の青年「何だ」

「俺は失敗した。次は……お前の番だ」

おしまい


そして立場を変えながら、歴史は繰り返すのか

僧侶の手記

今日、勇者から「一緒に冒険に行こう」と言われた。
とても嬉しい。反面、これから先の冒険の旅を思うと少し怖くもある。
ここまで書いている途中で、私の中に断るという選択肢が無いことに気付き、恥ずかしさと嬉しさを覚える。

旅立ちの初日、彼のもとへ行くと先客がいた。
彼と私の幼なじみでもある、戦士と魔法使いだ。
最近は、お互いの職が別のものでもある事もあり、疎遠になっていた。
特に、魔法使いとは彼のこともあり、自分から関わらなかった面もある。
私は臆病者だ。

冒険の旅に出て数日。
どうしても魔法使いとギクシャクしてしまう。
彼女は今も彼に想いを寄せているのだろうか。
こんな事ばかりを考える私は、本当に嫌な女だ。

今日、魔法使いに呼び出された。
彼女は泣きながら私を叩き、昔、彼に想いを寄せる私を見て身を引いたことを話してくれた。
そして、今の私を見るのは辛いと。こんな思いをする為に身を引いたのではないと言ってくれた。
私たちは、同じことを思って身を引いていたのだ。
ごめんね、魔法使い、勇者。

パーティー内の不和が解消された為か、冒険の旅は順調に進んでいる。
だが、別の問題が発生した。水と食料の問題だ。
今いる場所から次の村までは、どう見積もっても数日かかる。しかし、前の村まで戻るのも数日かかってしまう。
選択肢はそう多く無い。

近辺にいた、牛に似た魔物と蛇に似た魔物を食べた。
魔物の血で喉を潤し、魔物の肉で空腹を癒す。
どうやら蛇に似た魔物には毒性があったようで、先ほどから吐き気が止まらない。

鳥に似た魔物と、野生のリンゴを少し手に入れた。
リンゴを衰弱の激しい魔法使いに食べさせるが、全て吐いてしまった。
魔法使いの泣き声で眠れない。

眠れない。

ようやく村を見つけ、転がり込むように入った。
村は貧しく、食料はそんなに多く無いという。
村長へお金や道具を渡し、なんとか一晩の滞在と僅かな水と食料を分けてもらう。
村の住人は、私たちを心良くは思っていないらしい。
勇者のパーティーは魔物から狙われている存在で、そんな一味が居ることは百害あって一利なしという事なのだろう。
そんな状態でも、一晩の宿と貴重な食料や水を与えてくれたのだ。
彼らは悪くない。彼らは悪くない。彼らは悪くない。
神よ、我らを救い給え。

久しぶりのベッドで眠り、回復魔法と食事を取ったおかげで、魔法使いの容態はかなり良くなった。
村長から近くの街までの距離を聞く。
次の街まで早くて10日。今の私たちには絶望的な距離だ。
勇者と戦士と相談し、魔法使いには内緒にしようという事になった。

山道を黙々と進む。魔法使いの顔色はかなり悪い。
大丈夫と微笑む彼女を見ていると、涙が出そうになる。

小さな泉を見つけた。
子供のようにはしゃいで、水を思いっきり飲んだ。
幸せだ。神よ、ありがとうございます。

しばらく、この泉を拠点として行動する。
魔法使いは休ませ、二人一組の行動だ。
心の余裕が出てきたのか、勇者はずっと笑顔だ。
彼が笑顔だと私も笑顔になる。

それなりの食料を集め、水も補給した。
計算したところ、次の街までは後6日ほどか。
魔法使いの回復を待ち、出発することにする。

旅は順調。最近は魔物の味にも慣れてきた。

遠くに街が見えた。あと少しだ。
残った食料を使い、少しだけ豪勢な食事をした。
みんな笑顔だ。

街に入るのを断られた。
泣きながら私たちに謝罪する勇者の言葉が胸に響く。
彼は悪くない。街の人々も悪くない。
悪くない悪くない悪くない悪くない。
あの泉まで戻るか、先に進むか。
この選択肢を間違えたら、私たちは死ぬのだろう。
どこか達観している自分がいた。

勇者は先へ進むことを選択した。

自分の身体が自分の身体と思えない。
脚が重い。空腹と喉の渇きが酷い。
この辺りの魔物は毒性が強く、食べられないようだ。

魔法使いが倒れた。
戦士が背負って進む。私たちは進む。

喉が乾いた。

水。

みず

商隊が通りがかった。
彼らは、食料を求める私たちに、城一つ買えるような金額を提示してきた。
きっと多分、彼らは魔物なのだろう。
魔物だ。これは魔物が持っていた食料なのだ。
魔物の血の匂いが身体から取れない。
神よ、我らを救い給え。

魔物の商隊から奪った地図によると、近い街までどうにか行けそうだった。
今の私たちには、魔物の商隊が使っていた馬車もある。
これも神の思し召しか。

街の近くに馬車を停める。
馬車は魔物の血で汚れている為、余計な不安を与える必要もないだろう。
今夜はここで野宿だ。

商人の一団だと偽り、警備の兵へ僅かな金銭を与え、街へと入る事ができた。
今後はこうやって街や村へは入ることになるのだろう。
温かいベッドで眠り、美味しい食べ物を食べているのに、何故か涙が頬を伝う。

洗っても洗っても魔物の血の匂いが取れない。
魔法使いはずっと泣いている。
みんな眠れないのか、目の下のクマが酷い。

数日、街へ滞在を続けようと思う。
眠れないのもきっと今だけだ。
血の匂いが取れないのもきっと今だけだ。
忘れろ。忘れろ。忘れろ。忘れろ。
弱くてごめんなさい。

勇者が奇妙な葉巻を吸うようになっていた。
吸うとよく眠れるそうだ。
私も吸いたいと言うと、勇者が悲しそうな顔をしたのでやめておくことにした。
眠れないのは辛いが、彼に嫌われるのは耐えられない。

勇者が明るい顔で移動魔法を覚えたと言った。
これで食料と水の問題はかなり緩和される。
神は我らを見放してはいなかった。

悪夢は見るものの、どうにか眠れるようになってきた。
時間とは神の与えてくれた免罪符なのかもしれない。

勇者が旅の再開をみんなに伝えた。
正直、気が進まない。だが、彼は勇者だ。私たちのリーダーだ。
戦士や魔法使いも不満はあったようだが、結局、明日出発することになった。

荷物をまとめ、出発の準備をしていた際、随分と荷物が減っていることに気付いた。
その減っている荷物の中に、勇者が大事にしていたいくつかの品が無いことにも気付いた。
彼に言うと、困ったような顔で「無くした」と呟いた。
ようやく私はわかった。
本当の商人でもない私達が、長期にわたって街に滞在するという事の現実を。
金銭は無限ではないことを。

次の街までの行程は順調に進んだ。
だが、私の心は重い。
勇者と戦士の間にも、以前のような気安い空気がなく、常に張り詰めた感じがする。
私たちは一体、何をやっているのだろう。

街へ到着し、宿で休んでいると勇者と戦士の部屋から怒号が響いた。
慌てて二人の部屋に向かうと、勇者と戦士が取っ組み合いの喧嘩をしていた。
魔法使いの身を案じる戦士と、先へ進むことを選択した勇者との間で意見が割れたためのようだ。
魔法使いと協力し、どうにか二人をなだめる。
勇者が外へ頭を冷やしに行った際、前の街で私が気付いたことを二人に話した。
魔法使いは気付いていたようだが、戦士は唖然とした表情をしていた。
これが不和を解く切っ掛けになればいいと心から思う。

目が覚め、隣の部屋を覗いてみると、勇者と戦士がテーブルに突っ伏して寝ていた。
辺りに散乱する酒瓶を見るに、二人で夜通し飲み明かしたようだ。
昼過ぎに二日酔いで目を覚ました二人は辛そうではあったけれど、顔は晴れ晴れとしていた。
私たちの結束は深まったようだ。

街に滞在している間、各自で仕事を請け負うことにした。
勇者と戦士は近くの盗賊を捕縛する仕事。
私と魔法使いは、街の教会で蔵書の管理の手伝いだ。
冒険の旅よりも不思議と充実している。

勇者と戦士が戻ってきた。
報酬はそれなりの額があったらしく、豪勢な食事を取ることができた。
どんな事があったのか二人に尋ねると、口を揃えたように「大したことはしていない」としか返してくれない。
何故か胸に嫌なものが広がった。

路銀も増え、次の出発を明日に控える事になった。
買い出しの際、広場に貼り出された立て札が目に入る。
盗賊団が壊滅したらしい。
冒険者の手によって首領以外はその場で惨殺され、首領も本日、縛り首になったということだ。
淀んだ目で自分の手を洗い続ける勇者と戦士の姿を思い出す。
私は、二人に何が出来るだろう。何が出来ているのだろう。
ずっとそんな事ばかり考えている。

次に目指すのは、乾燥地帯にある小さな村ということだ。
水を多めに携帯し、馬車へと保管する。

村へ向かう途中の道で、いくつかの遺体を見つけた。
どれもミイラ化しており、魔物に食べられたのか破損が激しい。

埃が酷く、口の中に常に砂利を入れられたような感触がする。
髪がざらつく。水浴びが恋しい。
しかし水の量は目減りしており、余裕など無い。

この地方の魔物は筋張ってはいるものの、食用としても問題ない種類が多い。
水に関しては、偶然にも水分を多く含む植物を見つけることが出来た為、次の村までは何とかなりそうだ。

村は壊滅していた。

壊滅した村を散策してみたところ、井戸が枯れた事が原因であるのがわかった。
水を奪い合い、日々を絶望で過ごす村人たちの心境を思うと胸が痛い。
此処へ来る途中で見つけたいくつかの遺体は、この村の人のものだったのかもしれない。
神よ、彼らに安らかなる眠りを。

勇者の移動魔法で前の街まで戻り、食料と水を補充して壊滅した村まで戻る。
村の中にあった移動魔法用の魔方陣に破損がなかったのは不幸中の幸いか。
移動魔法の使用は披露が激しいらしく、勇者の顔色が悪い。
今日はこの村で一晩明かすことになりそうだ。
比較的、綺麗な家を選んで泊まることにする。

戦士が、村の中を物色する案を出した。
強盗と変わり無い行為を咎めようと思ったが、戦士の辛そうな顔を見ると言葉が出ない。
結局、全員で村を物色する事となった。
私が担当した家で、子供の描いた絵を見つけた。
私にはこれから先、神に祈る資格はないだろう。

次の街は、砂漠の中にある街だという。
小さいながらも王の収める街であるため、支援を受けられるかもしれないらしい。
だが、期待するのはやめておくことにする。
希望から絶望へたたき落とされるのはもう嫌だ。

砂漠へと差し掛かった。
ここを抜けるまでは、昼は穴を掘って休み、夜に移動する事になる。
水が生命線だ。無駄遣いしないようにしなくては。

日陰の中でも容赦なく太陽の光が私たちを焦がす。
水を少しでも節約し、体力を温存するために薬草を口に含んで噛み続ける。
苦いと思ったのは最初だけで、今はもう何も感じない。
ただ機械的に口を動かすだけだ。

体力の消耗が激しい。
砂漠の敵は夜行性のものが多く、危険度も高い。
腕の傷がじくじくと痛む。

披露と油断を魔物に突かれた。
辛くも撃退には成功したが、魔法使いが死んでしまった。
蘇生のため戻るか、先へ進んで街で蘇生させるか。
勇者は進むことを選んだ。戦士は戻ることは選んだ。
私は……進むことを選んだ。

戦士が一言もしゃべらない。
戦士の次にお喋りな魔法使いは死亡しているため、とても静かだ。

魔法使いの腐敗が進んでいるのか、鼻を突く臭いがそこら中に漂う。
腐臭に寄せられてか、魔物の数も増えた気がする。
私の選択は間違っていたのだろうか。

馬車の中の魔法使いの遺体にハエがたかっている。
戦士が必死になって追い払ってはいるが、魔法使いの身体から湧いているのだから根本的な解決にはなっていない。
魔法使いの綺麗な顔はボロボロで、目が糸を引いてこぼれている。

ようやく街を見つけた。
もう鼻は麻痺し、何も感じない。
馬車にはなるだけ近寄らないようにしている。

街へ到着し、勇者一行であることを告げると、長い時間待たされた後に滞在を許された。
魔法使いの遺体は、馬車の中に入れたまま教会へ運ばれた。
戦士は教会へ同行し、私と勇者は宿へと向かう。
明日、王宮にて王と面会することになった。

王宮にて王と面会した。
少なくとも、私は好きになれない相手だ。
面会している間のねめつけるような視線が忘れられない。
面会の後、教会へ向かうが、魔法使いは面会謝絶とのこと。
明日、出直すことにする。

やはり面会は難しいとのこと。
だが、部屋の小窓から覗くことだけは許可された。
最初は意味がわからなかったが、覗いてみて納得した。
死ぬ瞬間のイメージ、蛆が身体を這い回る感触、腐敗していく感覚。
それらが魔法使いの脳と身体を壊し続ける。
拘束具をつけられ、よだれと涙を流し、自分の身体を掻き毟ろうと必死にもがく姿に、以前の優雅さは微塵も残ってはいない。
帰り際、戦士がぽつりと言った言葉が忘れられない。
『俺達は罪人だ』

お酒を初めて飲んだ。
とても不味い。だが、ふわふわとして色んなことを忘れられる。

勇者は部屋から出てこない。私も部屋から出ようと思わない。
誰か私たちを助けてください。

魔法使いが戻ってきた。
あれからどれぐらいの日が経ったのか、日付の感覚が曖昧だ。
魔法使いの頬はげっそりとこけ、一言もしゃべらない。
目だけが爛々と私を見つめていた。

魔法使いの回復を待っていたのか、全員、王に呼ばれた。
王から近場の遺跡に向かい、魔物の殲滅を命じられる。
数日の猶予を勇者が申し立てると、国で支払った魔法使いの蘇生の代金や、今の宿の代金などをたてに取られ翌日の出発を命じられる。
帰り際、王に私だけ呼び止められ、今後は王宮付きの司祭にならないかと誘われた。
王が私を司祭として求めていないことはわかっていた為、断った。
一刻も早く、この街を出たい。

街から出発して遺跡に向かう間、誰も口を開かない状態が続いた。
その道のりの間、私は思考を停止させ、魔物を倒し、傷付いた仲間を癒すことだけに集中する。
神へ祈り、誰かを癒す回復魔法を私がまだ使えるのが不思議でたまらない。

遺跡に到着した。
王からの依頼も完了した。

街へと戻ったが、何もする気が起きない。

ようやく気分が落ち着いてきた。
旅を続けた結果、私は強くなったのだろうか。弱くなったのだろうか。
あの日の事は明日にでもここに残そう。
吐き出さないと壊れてしまいそうだ。

結論として、遺跡に魔物は確かにいた。
ただし、遺跡にいたのは小さな魔物やその母親と思われる魔物。
この魔物を残せば、いずれ大きくなり人の街を襲うのだろう。
頭では理解している。だが、身体が動かない。
勇者と戦士が泣きながら魔物を斬り、魔法使いが泣きながら魔物を焼き払う。
悲鳴が遺跡にこだまする。
「痛い」「熱い」「殺さないで」「許して」「許して」「許して」
悪酔いしたのか気分が悪い。記録はここまでにしてもう寝よう。
この人の言葉を理解し喋る魔物に関しては、後日、別の報告書を作成し、教会へと提出する予定だ。

街を脅かし続けていた魔物の集団を殲滅したとして、街の中での私達は英雄扱いされた。
産まれたばかりの赤ん坊を一度抱いて欲しいと赤ん坊の母親に言われたが、やんわりと断る。
私達は英雄なんかじゃない。

勇者が次の街への出発を王へ進言したが断られた。
もし命に反するならば、罪人とみなすとまで言われた。
どうやら王は、私達を国の守り手とし、飼い殺しにしたいようだ。
街で噂されている隣国との戦争が近いという噂は本当のようだ。

何処でも監視の目が光っている。
精神的な疲労が溜まり、常に身体がだるい。

勇者が街からの脱走を提案した。
これだけの監視の中、気付かれずに逃げる事は無理だという事はわかっている。
逃げれば罪人の烙印を押される事もわかっている。
それでも誰も反対しなかった。
どうせ、私達はとっくに罪人なのだから。

必要最低限の荷物をまとめ、深夜に逃げるように宿を飛び出した。
監視者に見つかったのか、すぐさま街中に鐘の音が響き渡る。
怒号と悲鳴が響き渡る中、私達は走り抜けた。
途中、家の中から怯えた目でこちらを見つめる、赤ん坊を抱いていた母親を目の端に捉えた。
きっと彼女は、自分の子を英雄にしようなどとは思わないはずだ。
どうかその子が、普通の人生を歩みますように。

食料も水も僅かしか持ち出せず、馬車も無い。
それなのに、どうしてこんなに晴れ晴れとした気分なのだろう。
この夜空がとても綺麗だからかもしれない。
今日は昨日よりよく眠れそうだ。

この国に長く留まるのは危険な為、隣国へと急ぐ。
隣国は海に近いと聞いて、思わず心が踊る。
おとぎ話に聞いた巨大な湖をこの目で見られるのだ。
海は、この身に溜まる罪を洗い流してくれるのだろうか。

通常の隣国への道は整備されており、旅にも不都合は少ないのだが、私たちは追われる身。その道を通ることは出来ない。
景色は緑が増え、身を隠すにはちょうどいい。
夜露で喉を潤す。

持ち出した地図が正確ならば、このまま山道をぐるりと迂回する形で隣国の端の村まで辿りつけるはずだ。
せめてそこまで辿りつくことが出来れば、移動魔法で砂漠の国を経由せずに自国と隣国を行き来できるようになる。
進むしか無い。

食料が心もとない。
道すがら数種の魔物を倒し、食料に適した種を探す。

戦士が朝から、激しい嘔吐と下痢を繰り返す。
昼に食べた魔物が原因か。豚に似た外見に騙された。
解毒の魔法の効きが悪い。今夜は眠れなさそうだ。

どうにか戦士が持ち直すものの、立つのもやっとという状態だ。
魔力の消費をしすぎたのか、頭痛が止まらない。

気がつくと勇者の背に背負われていた。
どうやら私は倒れたらしい。
ぽつりと勇者が「ごめんな」と言った。
弱い自分がまた嫌いでたまらない。

私に続いて、戦士と魔法使いが倒れた。
私たちはここまでか。

勇者が単独で村まで向かった。
動けない私たちは、山で見つけた小さな洞穴で彼を待つ。
夜が怖い。

指が震える。文字を書くのも辛い。
魔物の声が近い。

ここ数日の記録は後日残そうと思う。
一つ言えること。
今、私たちは生きている。

魔物の声が近いと記した後、私たちの匂いを嗅ぎつけたのか、狼のような魔物が数匹現れた。
どうにか撃退するも、戦士の傷は深い。

癒しの魔法を限界まで使い、気絶しては起きてまた使う。
出血が激しかったためか、戦士はしきりに寒いと言う。
夜、魔物が群れをなしてやってきた。
戦士は虫の息だ。

私も魔法使いも傷だらけ。戦士はいつ死んでもおかしくはない。
私が覚えているのはここまで。

勇者が戻ったのはそれから三日が過ぎてからだったという。
私たちの遺体は激しく損傷していたものの、蘇生に必要な12は残っていたらしい。
獲物を保存する習性を持っていた魔物に救われるとは、皮肉なものだ。

死ぬという事。蘇生するという事。
変わり果てた魔法使いの姿を見て理解していたつもりだった。
自分の認識が甘かったことを痛感させられた。
生き返ってからのことは思い出したくない。

勇者が辿り着いた村には、移動魔法用の魔方陣はあるものの、充分な施設はなかったらしい。
結果、私たちは今、故郷で静養している。
家族は私を見て一日中泣いた。
私はそんな家族を、遠いものに感じていた。

身体が動くようになって数日後、教会の孤児院で養っている子供たちが私のお見舞いに来てくれた。
今の私は彼らの目にどのように映っているのだろうか。

次の日、誰ともなしに勇者のもとへと集まった。
翌日、旅を再開することが決まった。
決して使命にかられてなんかではない。
知り合いの多いここにいるのは辛すぎるからだ。
家族には旅を再開することを告げなかった。
ただ、手紙だけは残しておく。
「ごめんなさい」
それだけを書いて。

移動先の村で宿を取り、久しぶりに4人で話した。
これまでのこと、これからのこと。
自分のこと、みんなのこと。
お酒を初めて美味しいと感じた。

村の人から馬車を譲ってもらった。
決して安くはないものの、これで随分と楽になる。
早く海が見たい。

風の匂いに違うものが混ざり始めた。
どことなく、空気がベタついている感じだ。
だが、決して不快ではない。

海を見ることができた。
この感動をどう現していいかわからない。

港町へ到着した。
入国は実にあっさりと終わり、拍子抜けしてしまう。
宿に入り休んでいると、この国の兵が現れ、明日の謁見を命じた。
明るかったみんなの表情が一転して暗いものになる。
いつでも出られるよう、荷物だけはまとめておこう。

翌朝、兵によって案内された城は驚くほどに小さいものだった。
故郷のものや、砂漠の国の城よりも二回りは小さい。
更に、王にも驚かされた。
私とそう歳の違わない女王。それがこの国の王。
謁見はあっさりと終わり、私たちは数日の滞在を許された。
何か裏があるように思えて仕方ない。

街で食料や水、装備品を買い込んだ。
様々な人が行き交い、活気が凄い。目に映るものは珍しいものばかりだ。
買い物の際、いくつかのうわさ話を聞くことができた。
海向こうの国との交易により、この国は豊かであること。
女王は若くも思慮深く、民に慕われていること。
砂漠の国の物価が上がり、そこからの交易品が品薄になっていること。
次の目的地は海向こうの国になりそうだ。

海向こうの国へは、どうやっても船で行くしかない事がわかった。
問題は、その為に必要な旅費だ。
日の余裕が無い私たちは、女王へと相談を持ちかけることにした。
せめて旅費が貯まるまでの滞在を許されればいいのだが。

長期の滞在は許されなかった。だが、事態は大きく変化する。
みんな戸惑うばかりだ。
女王の目的がわからない。

女王は滞在の代わりに、旅費の支援を提案してきた。
対価は滞在の間、謁見を決まった時間に行うというものである。
謁見の場にて女王はこれまでの旅の話を聴かせるように命じた。
話の後、宿に戻った今も理由はわからない。

女王は様々な質問を返してきた。
冒険の旅が決して英雄譚などに語られる希望に満ちたものではないこと。
食料や水など、様々な問題が山済みであることなどを話すと、しきりに頷いては何かを記録していた。
目的がわからない分、不気味さを感じる。
翌日の謁見は私と魔法使いのみが呼ばれた。
相手は女性ではあるものの王であることに変わりはない。警戒を強くする。

なぜ女王は私たちの話を聞き、涙を流したのだろう。
しきりに私たちに謝る彼女に、私も魔法使いも困ってしまった。
ただ、不思議と悪い気持ちではなかった。
その日の夜、久しぶりに魔法使いと私は同じ部屋で語り明かした。
彼女と笑って話をしたのはいつ以来だろう。
奇妙な女王に感謝を。

早朝、兵に起こされ出国を命じられた。
理由を聞くも、私たちには知る権利は無いとだけ言われる。
少しでも信じた結果がこれだ。笑ってしまう。
まるで囚人のような扱いで、急き立てられるように船に押し込められた私たちの表情は、とても無機質なものだった。

海向こうの国まで2日ほどだと船長に言われた。
船員たちはどこか余所余所しく、私たちも進んでは話そうと思わない。

船酔いが辛い。陸が恋しい。
泣いている女王の夢を見た。
いつの日か、彼女の目的や涙の理由がわかる日がくるのだろうか。

6つの大国の4番目。海向こうの国へ到着した。
船は私たちを降ろすと、別れの言葉もなく去っていった。
これを書いている今も気分が悪い。今日は早く眠ろう。

気分は優れないが、時間は待ってはくれない
早く荷物の整理をし、出発に備えなくては。
次の目的地は、この国の王がいるという街だ。

なんで彼女は何も言ってくれなかったんだろう。
後悔だけしか残らない。

荷物の整理をしていた際、見覚えのない手紙があった。
それは女王からの手紙で、そこには彼女の真実が記されていた。
彼女が誰よりも勇者に憧れ、冒険譚に胸を躍らせる少女であったこと。
現実の私たちを知り、自分の無知を恥じたこと。
自分の国が、民が大切であること。
隣国の砂漠の国が宣戦布告してきたこと。
おそらく、自分たちは勝てないであろうこと。
それでも民も、自分たちも立ち向かうことを。
最後にはこう書かれてあった。
『それでも、逃げない勇気をあなた達がくれた』
『あなた達の旅に幸あれ』

次の街までの旅が始まった。
次に出会う王はどんな人物なのだろう。
あの女王と懇意だったとあれば、人格者なのではないだろうか。
手紙と一緒に入っていた紹介状が役に立つと良いのだが。

魔物の強さが増して来ている。
更に、人形のものも増えてきた。
食料に余裕のある今はいい。だが、今後はどうなるのか。
考えるのが怖い。

街道の道すがら、壊れた馬車を見つけた。
壊れ具合を見るに、魔物ではなく野盗に襲われたようだ。
敵は魔物だけではない。

警戒のために二人一組で寝ずの番をする。
私と番をすることになった戦士がぽつりと言った。
『俺達は何のために戦っているのだろう』
私は答えられなかった。

勇者と魔法使いが番をしていた際、野党が現れたらしい。
相手は飢えていたのか、私と戦士が起きる前に苦も無く撃退できたとのこと。
だが、魔法使いは精神的に辛いようだ。
炎の魔法で焼いた相手の悲鳴が耳から離れないらしい。
今は薬で眠らせている。
彼女を落ち着かせるのに必要なものは、神の言葉や祈りではなく、人の作った薬と時間だけだろう。
自分の存在意義を疑問に思う。

2度目の野党の襲撃。
相手は農民崩れなのか、鍬や鎌を手に持ち襲ってきた。
メイスで殴りつけたときの感触が手から離れない。

そして今、私たちは5つめの国を目指している。
途中で出会った旅の商人からうわさ話を聞いた。
あの国の王が死に、今後は内乱が続くであろうこと。
だが最早、私たちには関係の無いことだ。

街が遠くに見えてきた。
今日中に辿りつけるだろう。

街にたどり着き、王女からの紹介状を渡した後、私たちは投獄された。
その際にこの手帳も没収されたため、その期間のことを今から記そうと思う。

投獄されてすぐ、勇者の尋問が始まった。
絶叫が響く中、隣の牢から魔法使いのすすり泣く声が聞こえる。

尋問を受ける。
何度殴られたかわからない。
私達は女王を騙してなどいない。

魔法使いの悲鳴がこだまする。
勇者と戦士のいる牢からはうめき声だけが聞こえる。
私も似たようなものだろう。

この日、私たちの死罪が決定した。
でっち上げられた罪状は、王族への詐称と戦争幇助。
怒り狂う王の顔が印象的だった。
王女と恋仲であった王の復讐。と聞けば綺麗なのかもしれない。
実際に王が叫んでいたのは、王女の国との交易による損害ばかりであったが。
これで尋問の日々が終わるのだと思うと、恐怖心よりも安堵の方が大きかったことを覚えている。

再度牢に入れられて三日目の深夜。
外の喧騒が大きくなったかと思うと、慌てた顔で兵が飛び込んできた。
どうやら魔物の襲撃があり、兵の数が足りないのだという。
荷物を受け取り、外へと出された後、回復魔法や薬による手当を受ける。
魔物の数は多く、街の損害は多大なものになった。
この中で私たちは多くの魔物を討ち取り、大罪人から一転して救国の勇者の扱いを受けることとなった。
そしてこの日、この国の王は逃亡し、その道中に魔物に襲われ死亡したとも伝えられた。

次の国は魔法が盛んと聞く。
魔法使いが少しだけはしゃいでるようにも見える。

滞在予定だった村は、魔物の手によって壊滅していた。
つんとした腐臭が立ち込める。
壊滅した後に野党にあさられたのか、目ぼしい物は何も残ってはいなかった。
予定を変更し、先にある街を目指す事にする。

魔物が集団で襲ってくる。
知性が高く、対処に戸惑う。

以前、砂漠で出会った魔物と同じように、言葉を理解する魔物がいた。
どうしても武器を振るう腕が鈍る。

自分の叫び声で目が覚める。
番をしていた勇者が悲しそうな目で私を見ていた。
きっとひどい顔をしていたのだろう。

食料が減ってきている。あれを食べるしか無いのか。
だがそれは人食いと何が違うのか。

見た目は干し肉だが、口に入れた瞬間にあの魔物の姿が目に浮かび戻してしまう。
水で無理やり飲み下す。

雨が降りだした。
冷たい雨が私たちの体温を容赦なく奪う。
勇者も戦士も魔法使いも、みんな白い顔をして震えている。
私も同じような顔をしているのだろう。

雨は止む気配すらない。
勇者が嫌な咳をしている。

勇者が高熱を出し、歩くことすらままならない。
馬車に寝かせてはいるが、碌な薬も無く、長時間の休養も出来ない。
悪化する一方だ。
雨はまだ振り続けている。

勇者の咳に赤いものが混じりだした。
移動魔法で戻る案も出たのだが、今の状態で使用すれば彼の命の危険すらある。
だが、このままでは死んでしまうだろう。
魔物が原因での死では無い場合、蘇生は不可能。次の街まで早くて三日。
決断を迫られる。

採取した魔物の体液を馬車に持っていった時、勇者は全て理解したようだった。
お願いだからそんな優しそうな目で私を見ないで。
毒を持つ体液を嚥下した後、血を吐いて動かなくなった彼を馬車に残し、私たちは進む。
雨音が私を責め続ける言葉のように聞こえた。

街はまだ見えない。
雨に氷が混ざってきている。

真っ白な雨が降り出した。
これが話しに聞く雪なのだろうか。
急激な冷え込みの為か、魔物の姿は少なく、動きも鈍い。
勇者がいないことを考慮し、出来る限り戦闘を避け、先を急ぐ。

遠くに街が見えた。
雪が積もり、予定よりかなり遅くなってしまった。
馬車の車輪が思うように進まない。
手足の赤切れが激しい痛みを伴う。

手足の感覚がなくなってきた。
雪の勢いが増し、見えていた街どころか少し前の景色すら見えない。
死がちらつく。

これしか無いのか。
本当にこうするしか無いのか。

これを見ている方へ。
我々は勇者の一行です。
雪で進めなくなり、この場で雪が晴れるのを待っておりましたが、体力、気力ともに限界が来てしまいました。
全員、魔物の毒を服毒し死んでおりますので、蘇生は可能だと思われます。
蘇生をしていただければ必ず謝礼は致します。
何とぞよろしくお願い致します。

あれから三日後、我々は魔法の国で蘇生された。
何度味わっても、蘇生された瞬間の感覚は慣れることがないだろう。
どれだけ暖かくしても、身体の芯から悪寒が来る。
まるで、あの夜が永遠に終わらないかのようだ。

私たちを見つけたのは街を守る衛兵の一人だったという。
聞けば、街まで残り僅かの場所で馬車が雪にうもれていたらしい。
衛兵へ感謝の言葉をとお願いすると断られた。
これ以上の厄介ごとは御免なようだ。
謝礼に関する書類にサインをし、今日は眠ることにする。

ようやく全員の身体が動くようになった日の昼、王から早急の謁見を申し立てられた。
思うように動かない身体を引きずり謁見の場に向かうと、蘇生の代金として巨額の支払いを命じられた。
相談した結果、支払いの援助を自国に求める案が採用され、勇者が単独で自国へ向かった。
私たちは、勇者が逃亡できない為の人質として捕らえられた。
あてがわれた部屋に三人、押し込まれるように監禁される。
明かりもない暗い部屋の中、すすり泣く魔法使いの声だけが響いていた。

数日が経過したが、まだ勇者は戻らない。
魔法使いは視線を彷徨わせ、何も喋らずただ涙を流す。
戦士は魔法使いに何度も話しかけては頭を垂れる。
私は、そんな二人を虚ろな瞳で見つめ続けていた。

頭の端によぎる、見捨てられたのではないかという考えを何度も打ち消す。
戦士と魔法使いは人形のように無機質な顔でぼんやりとしている。
気が狂いそうだ。いや、もう狂っているのか。
何もわからない。

どれほどの日が経ったのか、外が騒がしくなり、私たちは部屋から出され王の前へと引きずられるように連行された。
勇者の姿を見つけ、涙が溢れる。
だが、彼は憔悴しきっており、私たちを見てはくれない。
王から身柄の保釈を命じられた後、今までとは一転して豪華な部屋をあてがわれた。
部屋から出ようとしない勇者が気がかりだ。明日にでも話してみよう。

私たちは人であることすら許されないのか。

自国の王は支援を断った。
物価の安い自国と、物価の高いこの国とでは財布の中身すら天と地の差らしい。
それでも勇者は必死に支援を申し出、断られ、温情を申し出、断られ、幾度も幾度もこの国と自国を行き来した。
そして出された妥協案。
僧侶、魔法使いの二人の身柄を売り渡す事。
魔法が盛んなこの国では、私たちの存在は貴重らしい。
今後、定期的な魔物や魔法に関する資料の提出。及び、冒険が終わった際の身柄の所有権がこの国の出した条件であり、自国の王はその条件を飲んだ。
彼らにとって、私たちなど物でしかない事を理解した。
誰を恨めばいいのか。何を恨めばいいのか。
物に何かを恨む権利など無いのか。

大量の物資を譲り受け、国を挙げてのパレード。
出立する私たちがここまでの扱いを受けたのは初めてかもしれない。
みんな、張り付いたような笑顔で民衆に手を振っている。
国を出ると、それまで笑顔だった王の兵たちは私たちを見もせずに引き返して行った。
私たちも彼らを見送ることなく、国を後にした。

次に向かうのは英雄の国。
いくつもの街から英雄が集まる国。
幾度もの魔物の進行を退けた最後の大国。
彼らは何を思って、何のために戦っているのだろう。

旅の途中、以前から勇者が吸っていた葉巻をじっと見つめていたら、そっと無言で手渡された。
最初は煙たいだけだったが、今はとても楽しい気分だ。
世界はどこまでもゆらゆらしてとても綺麗。
ゆらゆら。ゆらゆら。

最近、記憶がとても曖昧だ。
自分が消えていく。
やめよう。今日こそはやめよう。

ここ数日、夜の馬車でお酒と煙を楽しむのが日課になってきた。
みんなの顔も明るい。
勇者が、戦争がどうの、滅亡がどうのと話していたが、あまりよく覚えていない。
6が5になったのがそんなに大変なことなのだろうか?
誰かの顔が浮かんだが、知らない女の人だったので忘れることにした。
思えば、昨日のこともよく思い出せないが、きっとどうでもいいことなのだろう。

辛いことがあったのに思い出せない。
頭が重い。体がだるい。
街に到着したことだし、今日は早く眠ろう。
辛いことは全部忘れよう。
明日はいい日でありますように。

どこまでもどこまでも青空が広がっていたこの日を忘れない。
戦士と魔法使いが祝福する中、小さな教会で彼が指輪をくれた。
涙が止まらない。
嬉しいのに、幸せなのに、悲しくて辛くて涙が止まらない。
嬉しくてごめんなさい。
幸せでごめんなさい。
私の幸せを祈ってくれた、あなたの顔を思い出せなくてごめんなさい。
この日だけは忘れたくない私を許してください。

街に滞在中、英雄の国からの使いだという一団が現れた。
山賊か野党の集団にしか見えない姿に警戒するが、街の人達の対応を見るに、それなりに信用を置ける集団らしい。
どちらにせよ、相手の人数や場所を考えるに付いて行くしかないようだ。
いざという時の為、逃げる準備だけはしておこう。

意外なことに、彼らはとても紳士的だった。
更に場数を踏んでいるのか、魔物の対処も素早く、動作も洗練されている。
勇者と戦士は既に彼らに溶けこみ、酒を酌み交わしながら歌を歌い、そんな彼らを見て魔法使いが楽しそうに笑っている。
おとぎ話の中の冒険者の姿が、そこにはあったようにも思えた。

王の住む街までの旅路の中、彼らは多くのことを私たちに教えてくれた。
少人数での魔物の対処法や、有効な魔法の活用法であったり、果ては食用に適した魔物の種類であったり、調理法にまで及んだ。
そして彼らは口々に言う。
『我々は英雄などではない』
私たちと何ら変わりのない、悲しい人達がそこにはいた。

高い城壁のそびえる街。それが王の住む街。英雄の国。
幾度もの魔物の進行を耐えたのか、城壁は所々に傷を負いながらも頑丈に街を守っていた。
街へ入ると、老若男女様々な人がそこにはいた。
そして、誰もが私たちを歓迎してくれた。
旅の疲れもあるだろうと宿を紹介され、休んでいるとひっきりなしに誰かが顔を出しては長い旅を労ってくれる。
心地良い眠気が襲ってきた。もう遅い、今日は眠ろう。

王は城ではなく、普通よりも少し大きな家で私たちを待っていた。
豪快に笑う王曰く、この国には王を住まわせる城など無いのだという。
そして王は言った。この国の一員にならないかと。
勇者などやめて、共に生きないかと。
我々は同じなのだと。
この日は返答を待ってもらい、宿へと戻った。
宿で一晩話し合い、返事を決める。
明日、また王の元へと向かおう。

朝早く、私たちは旅の支度を終え、王の元へと出向いた。
私たちの姿を見て王は理解したのか、少しだけ悲しい顔をした後、初めて出会った時と同じように豪快に笑う。
去り際、一言だけ投げかけてきた。
『お前達は負けるな』
人々の希望、羨望、嫉妬、悲しみ、そして自分の中の絶望に負けた悲しい英雄の言葉を背に、私たちは英雄の国を後にした。

以降のページは文字が血に汚れ、最後のページ以外判別不能。

最後のページ

親愛なるあなたへ。

本当は、こうするべきじゃないのかもしれない。あなたに恨まれるかもしれない。
でも、あなたが必死になって残してくれた薬指は、きっと私がこうする為のものだと思う。
ごめんね、あなただけ残してしまって。
ごめんね、あなただけに背負わせて。
ごめんね、大好きだよ。

もし、私たちを知らない誰かが片手だけでいいから、片方の手のひら五本分だけでもいいから、私たちの手を取ってくれたのなら、どうか許してあげてください。
きっと世界は、人は、そこまで愚かでも傲慢でもないから。

もうそんな資格はないけれど、それでも最後に、神様にお祈りしようと思います。

ずっといっしょにいれますように
またね。

以上で僧侶の手記終了となります。
 
コメントの数(5)
コメントをする
コメントの注意
名前  記事の評価 情報の記憶
この記事のコメント一覧
1 . 名無しさん  ID:cr1YXtCe0編集削除
ハート
2 . 、  ID:ReOitXMb0編集削除
ずいぶん古いのもってきたな
3 . @  ID:6RMJ0.4i0編集削除
ジョーカー
4 . 名無しさん  ID:f2A9IWUj0編集削除
>再開。見てくれてる人に感謝

ここは編集しとけよ管理人
5 . あ  ID:mi53yHZv0編集削除
やる気ないなら、閉鎖しても良いんじゃないの

コメントを書き込む

今月のお勧めサイト



週間人気ページランキング
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

記事検索
月別アーカイブ
タグ
ブログパーツ ブログパーツ