16歳の誕生日、私の体に勇者の証である紋章が浮かび上がってきた。
それまで普通の村娘として生活をしていた私の生活は一変、私は勇者として魔王討伐を命じられたのだけど――

戦士「動きが遅いっ!そんなんじゃこの先やっていけないぞ!!」

魔法使い「いつまで休んでるわけ?こうしている間にも魔王軍は活動しているのよ?」

勇者「ご、ごめんなさい、今行きますから!」

僧侶「ふぅ…こんなお嬢さんのお世話を丸投げされるなんて、王様の命令とはいえいい迷惑です」

勇者「…」

半ば強制的に旅立たされた私が満足に剣など扱えるはずがなく、王様から派遣された強者が集まるパーティーで、私は肩身の狭い思いをしていた。



私が勇者だということが国中に広まるのは早いものであり――

「頑張って下さい勇者様!」
「魔王討伐の報せ、1日も早くお待ちしております!」
「勇者様だ!世界を平和に導いて下さる勇者様だぞ!」

行く先々で見知らぬ人達にこんな声をかけられ、その旅に義務感と重圧が私にのしかかった。

僧侶「ほんと、1日でも早くまともに戦えるようになってほしいですねぇ勇者様?」

勇者「…」

僧侶さんの皮肉にはいつまでたっても慣れることはできず、言われる度私の心に突き刺さった。

戦士「…!おい、空を見ろ!」

魔法使い「あれは…!魔王軍の飛行部隊じゃない!?」

勇者「ひえぇ…」

それは今まで私が見てきた魔物の群れとは違い、正に「軍勢」と呼べる程の集団だった。
腕のたつ仲間達も多勢に無勢と判断したのか、ただ怯えるだけの私をよそに逃走準備を始めたが――

暗黒騎士「逃がすな」

私がもたついていたせいで、逃亡は失敗し――


勇者「う、うーん」

ベッドで目を覚まし、まず最初にため息をついた。

また皆に怒られてしまう…。

これまでも私は何度も戦闘不能に陥った。
それも、ほとんどが私の要領の悪さが原因している。
いくら私が勇者といえど、皆がパーティーのお荷物である私にいつまでも寛容でいてはくれなかった。

勇者(私なりに頑張っているつもりなんだけど…)

泣きそうになったけど、泣いたら僧侶さんに皮肉を言われてしまう。
勇者という生き方は私に合わない。
そう思うけど、逃げることはできない。
私に期待という重圧をかけてくる人達の中に、勇者を放棄することを許してくれる人が何人いるのだろうか。

勇者「もう、起きなきゃ…」

国の神官様がかけてくれた魔法のおかげで、私達は全滅しても、最後に祈りを捧げた教会まで戻ることができる。
かといって、今回の全滅で山1つ分は大戻りしたわけで、結局皆に責められることになるわけだが――

勇者「…あれ?」

だけど周りを見渡すと、違和感があった。

勇者「ここは――教会?」

上手く言えないけれど、そこは教会の一室とは思えない程雑多というか、雰囲気が暗いというか…

?「目を覚ましたか――」

勇者「ひっ!?」

ドアが開いたと同時、低く、威圧感のある声が聞こえ、私は思わず飛び上がった。
それから声のした方を見ると――

暗黒騎士「随分、長く眠っていたな――勇者よ」

勇者「あ、貴方は…」

先ほど自分達を襲った軍隊の先頭に立っていた暗黒騎士だった。
あの時は恐怖で混乱していたが、その物々しい鎧はしっかりと記憶に残っている。

勇者「あのう、ここは…どこですか?」

まだ残っている恐怖心からか、それとも元々の気弱さからか、つい敵にも敬語で話してしまう。

暗黒騎士「ここは魔王城の一室…俺の部屋だ」

勇者「なっ!?」

勇者(ここが私達の目指していた魔王城…なら魔王もここに!?ということは遂に最終決戦…無理無理、絶対負けちゃうううぅぅ!!)

暗黒騎士「落ち着け。お前は感情がすぐ顔に出るようだな」

勇者「はい!?あ、ひゃあぁ」

勇者(は、恥ずかしい…。あれ?でも、今の状況って…)

勇者「私は…捕まったってことですか?」

暗黒騎士「…気付くのが遅い」

鎧兜で表情は見えなかったけれど、口調で呆れているのがわかった。

勇者(うぅ、敵に恥を晒してしまった、また皆に何か言われる…って、あれ?」

勇者「あのぅ、私の仲間の皆さんは?」

暗黒騎士「さぁな。死んではいないと思うが、置いてきたので何をしているかはわからん」

勇者「そうですか。でも、あれ?全滅したら私達教会に戻るはずじゃ…」

暗黒騎士「全滅などしていない」

勇者「そ、そうなんですか!?」

暗黒騎士「あぁ。お前は攻撃される前に気を失ったからな。そのままここに運んできた」

勇者「え、あ、そうなんですか…」

暗黒騎士「恥ずかしい奴だな」

勇者「うぅ」

自分が恥ずかしい奴だということに言われてから気付き、情けないやら悲しいやらで泣きそうになってしまった。

勇者「あら」

それから、遅く気付いたついでに、もう一つ気付いてしまった。

勇者「わ、わわ私これからしょしょ処刑とかされいやあああぁぁぁ」

暗黒騎士「しないから落ち着け」

勇者「しないんですね!?」

トントン

暗黒騎士「来訪者か…おい、ベッド下に隠れろ」

勇者「あ、は、はい」モタモタ

命令されるまま隠れてからようやく疑問に思う。
隠れる?どうして?

私が隠れてから、暗黒騎士の「入れ」という言葉で、ドアは開いた。

竜騎士「只今戻りました暗黒騎士様」

暗黒騎士「…で、どうだった?」

竜騎士「はい。勇者は行方不明のままのようです」

勇者(!?)

いきなり自分の話題を出され、思わず声をあげそうになった。

暗黒騎士「勇者の件は急がなくて良いだろう。今日はもう休め」

竜騎士「はい」

客人が部屋を出てから「もういいぞ」と言われ、私はベッド下から出た。
無言の暗黒騎士に声をかけるのは緊張したが、それでも状況を知っておきたかった。

勇者「あのう…私がここにいること、あの方は…」

暗黒騎士「知らん。俺以外な」

勇者「!」

彼の話によると、あの場は戦闘で大分混乱し、気絶していた私を見ている者はいなかったようで、それで皆の目を盗んで私をさらってこれたようだった。
聞けば聞く程自分が情けない。

勇者(だけど…)

勇者「どうして私を殺さなかったんですか?」

こちらとしては当然の疑問に、暗黒騎士のため息が聞こえた。

暗黒騎士「殺されたかったわけか?」

質問を質問で返され、答えをはぐらかされた気がした。だけど、その質問につい――

勇者「…そうかも」

本音がこぼれた。
暗黒騎士の表情は相変わらず見えないが、彼は言葉を詰まらせたのか、それとも言葉の続きを待っているのか、返事はなかった。

勇者「処刑とかは怖いですけど…気絶したまま死ねるのは、楽だし」

暗黒騎士「驚いたな、勇者の口からそんな言葉が出てくるとは」

勇者「だって――」

言いかけたが、呑み込んだ。
仲間達からの叱咤、人々からの期待、そんな重圧から逃げ出したいと思っていたなんて――
勿論、積極的に死にたい気持ちがあるわけではないけど、勇者としての生き方に希望を見いだせなくなっていたのも事実だった。

暗黒騎士「お前は、どうしたい?」

勇者「…え?」

暗黒騎士「俺はお前をどうこうしようというわけじゃない。今ここで解放してやってもいいし、仲間の元へ帰してやってもいい。ただ――」

そう言って彼は私の、今だ手に馴染んでいない剣を差し出した。

暗黒騎士「再びこれを手に取る気はあるか?」

勇者「――っ!!」

「頑張って下さい勇者様!」
「魔王討伐の報せ、1日も早くお待ちしております!」
「勇者様だ!世界を平和に導いて下さる勇者様だぞ!」

勇者「あ、ああぁ…」

途端に人々にかけられた言葉が頭を巡り、胸を締め付けていた。
私は勇者なのだ。
勇者が剣を取れば、やらねばならないことは一つ。

王『紋章に定められた運命に従い――魔王を討つのだ、勇者よ』

勇者「…嫌です」

私は差し出された剣を拒み、後ずさった。

勇者「勇者なんて嫌…もう解放されたい…」

敵に弱音を吐くなんて許されるはずがない。
だけどこうして敵に捕まり、満足に戦えない一人の小娘に戻ったことで、私はもう限界を迎えていた。

暗黒騎士「それはつまり、戻りたくないということか?」

勇者「はい…」

返事に躊躇が無かったことに自分でも驚いた。
だけど無遠慮な言葉を投げかけてくる仲間達の顔を頭に浮かべ、はっきりと思った。
戻りたくない、と。

暗黒騎士「もう1度聞く。お前は、どうしたい?」

勇者「解放されたいです…。戦いからも、勇者としての使命からも」

勇者(それには死ぬしかないじゃない…やっぱり殺されるのかな、私)

暗黒騎士「そうか」

相変わらず抑揚のない声を出しながら彼は懐から何かを取り出し、私は一瞬死を覚悟した。だが――

暗黒騎士「それで勇者の紋章を隠しておけ」

勇者「え?」

彼が差し出したのは、ただの包帯だった。

暗黒騎士「今から部下を呼ぶ。余計なことは何も喋るな」

勇者「え、え?」

訳がわからなかったが、私は言われるまま、彼が部屋を出ている間に包帯で紋章を隠した。
それから程なくして、彼はメイド姿の魔物を引き連れてやってきた。

メイド「へぇ、この娘ですか」

そう言いながら、ジロジロと好奇心の混じった目で見つめられた。

メイド「他の幹部方が選ぶ女性とはタイプが違いますねぇ…。流石暗黒騎士様、お目のつけどころが違う!」

暗黒騎士「それは皮肉か?」

メイド「とんでもない!一見地味ですが器量よし、磨けば光る原石と見た!」

勇者(な、何の話をしているの?)

暗黒騎士「だが地味なままでは良くないだろう。…俺の妻にするには」

勇者「!?」

その後着替えやらメイクやらのお世話になっている間、メイドは聞いてもいないのに次から次へと喋っていた。
そしてメイドが言うには、自分は暗黒騎士に見初められて連れてこられた、ということになっているらしい。

勇者(つ、つまり、彼のお嫁さんに…)

メイド「はい鏡をご覧になって〜。見違えたでしょう」

勇者「わぁ…」

鏡に映った自分の姿に思わず胸が踊った。
旅に出てからはお洒落から遠ざかっていた私にとって、久々に見る「女らしい」自分の姿だった。

勇者「あ、ありがとうございます〜。メイドさん、センスいいですね!」

メイド「でしょ〜?暗黒騎士様、もう入ってきていいですよ〜!」

勇者「あ…」

暗黒騎士「…」

暗黒騎士と入れ替わるようにメイドさんが部屋から出ていき、今、部屋には彼と2人きり。
何だか胸がドキドキする。

暗黒騎士「…言っておくが妻というのはお前をここに置いておく口実だ。本気にしなくていい」

勇者「そ、そうですよね!わかってますとも、えぇ!で、でも!バレないんですか!?」

暗黒騎士「お前次第だ」

どうやら魔王軍の幹部が人間の妻を娶ることはそう珍しいことでもないらしく(しかも複数の妻を娶るのも当たり前)自然に振舞っていればほぼ怪しまれる危険はないそうだ。

勇者「だけど「ほぼ」っていうのは…」

暗黒騎士「俺は女に興味がないと思われている」

勇者「つまり、妻を娶ったこと自体が変に思われるかもしれないんですか…」

暗黒騎士「まぁ変わり者の俺が見初めた女という設定には合うかもしれん。お前は変な女だからな」

勇者「へ、変な女…」

>それからというものの…

呪術師「お?あんたがあの暗黒騎士が娶ったっていう」

勇者「ひ、ひいいぃ」ブルブル

呪術師「…いや、とって食ったりしねーから」


暗黒騎士「他の幹部に「お前の妻は臆病で人見知りで変な女だな」と言われたぞ。他の奴らと変に交流を持たれてもボロが出かねないから、それでいいが」

勇者「うぅ、やっぱり変な女なんだ…」

臆病で人見知りという噂のおかげか、部屋からほとんど出なくても不審に思われている様子はなかった。
時々、他の幹部の妻やメイドなど、友好的な女性達が訪ねてくることもあった。

奥様A「でね、うちの旦那ったら大怪我して帰ってきたのよ〜情けないったらありゃしない」

奥様B「まぁまぁ、旦那様がご無事で良かったじゃない」

メイド「Aさんの所完璧にカカア天下ですからね〜」

奥様A「暗黒騎士様の奥様は羨ましいですわ。あの方は貴方一筋、しかも幹部の中でも筆頭の出世頭ですし」

勇者「そうなんですか?」

メイド「そうですよ〜。魔王軍全体が信頼を寄せる実力者…その実力は魔王様に及ぶとも言われてるんですよ〜」

勇者「へぇ〜」

仮面夫婦とはいえ、夫である暗黒騎士を褒められ、何だか自分まで誇らしくなっていた。

妻同士の会話は、人間達の井戸端会議と内容はそう変わらない。
自分も村娘だった頃は、同年代の少女たちと色んな話をしたものだ。
1番戻りたかったあの頃に戻れたようで、私もつい気を緩めてしまう。

奥様B「ねぇねぇ、暗黒騎士様のお顔ってどんな感じ?やっぱり噂通りの美男子なの?」

勇者「えっ」

気を緩めていた所に予想外の質問がきた。
自分も暗黒騎士の顔は見たことがない。仮面夫婦である自分たちは、他の者が知らない素顔を見れるような関係にはなっていない。

勇者「わ、私好みの顔ですよ…」

奥様A「ますます羨ましいわ〜。奥様だけに毎晩そのお顔を見せて下さるんでしょ〜」

メイド「いやぁ、でも暗黒騎士様は遠征ばかりでろくに帰ってないじゃないですか」

奥様B「そういえば勇者討伐部隊の隊長に選ばれたそうね」

勇者「!」

奥様B「でも行方不明の勇者を探し出すこと自体大変よね」

奥様A「人間達側も必死に勇者を探しているんだものね」

勇者(それもそうよね…私が行方を眩ませて1週間、人間も魔王軍も動きがないわけがない…今、どういう状況なんだろう…)

夜、1人になってから色んな想像が頭を過ぎった。

こうしている今でも、人間と魔王軍の戦いは進んでいる。
「勇者」に希望を抱いていた人達は今、きっと不安で一杯だろう。
仲間達は皆から責められているかもしれない。
故郷の家族たちだって、きっと心配している。

勇者(私1人のせいで、皆が…)

今まで関わってきた人達の顔が浮かび、その彼らの顔が不安に染まっていることを想像するだけで身震いする。
まさか勇者が使命から逃げただなんて、誰も想像していないだろう。

勇者(私は何てことをしてしまったんだろう…)

色んな感情がごちゃ混ぜになり、涙が出そうになる。

勇者(泣いたって仕方ないのに…)

暗黒騎士「ひどい顔だな」

勇者「――!」

彼が部屋に入ってくる気配すら気付かなかった。
どうしてここの所ろくに帰ってなかったのに、こういう時に限って帰ってくるのか。

暗黒騎士「何があったんだ」

勇者「暗黒騎士様…」

相変わらず素顔は見えないけど、その声が自分を気遣っているようにも感じられて、つい気を許してしまう。

勇者「もう混乱して、わからないんです…」

暗黒騎士「何にだ?」

勇者「今の状況に、今更ながら自己嫌悪で一杯で…。だけど勇者に戻るのは絶対嫌…だからもう、どうしていいのかわからない」

どうすれば気負いすることなく勇者を放棄できるのか――身勝手な願いだと思いながら、また自己嫌悪する。

勇者「勇者の存在は大きすぎます!私じゃもう抱えきれない!こんな私に、どうしろっていうんですか…」

我慢していた涙が流れた。
暗黒騎士は大層呆れているだろう。
身勝手なことを口にしながら泣くなんて、強い彼には理解できないことだ。

そう思っていたけど、暗黒騎士の口から出てきたのは思ってもいなかった言葉で――

暗黒騎士「何故自分を責める?」

勇者「――え?」

暗黒騎士「困難から逃げるのは悪いことか。立ち向かって、潰れるのが良いことなのか」

暗黒騎士の言葉は明らかに自分を指していた。
自分は潰れかけていた――勇者という使命と、重圧に。

暗黒騎士「お前に重圧をかけてくるのは人間達の勝手だ。ならお前も勝手になればいい…今の居場所が嫌でなければな」

勇者「い、嫌じゃないです!ま、魔物が沢山いるのは怖いけど…」

暗黒騎士「それは慣れろ」

そう言った彼の口調は、笑いを含んでいるようにも聞こえた。

暗黒騎士「俺から言えるのはここまでだ…明日も早い、俺は休むぞ」

そう言って彼は自分の寝室(寝室は別々)に行こうとしたので…

勇者「ま、待って!」

暗黒騎士「!」

咄嗟にその手を掴んで、彼を呼び止めた。

勇者「あ、あの…ありがとうございます…」

暗黒騎士「…何がだ?」

勇者「や、優しくして下さって…嬉しかった、です…」

暗黒騎士「…フッ」

彼は私の顔を見て笑い、それから言った。

暗黒騎士「やはりお前は勇者ではないな…それに顔が面白い」

勇者「え、ええぇっ!?」

あたふたする私を尻目に、彼は寝室へと向かうのだった。

それからまた暗黒騎士が帰ってこない日々が続いた。
勇者の捜索にかなり難航しているらしく、勇者討伐部隊の隊長である彼が帰って来れないのは当然のことだった。

勇者(今日も帰ってこないのかな…)

彼の優しい言葉が欲しかった。
1人だと考える時間が多くなり、同じ不安が何度も頭を巡った。
この根強い不安は、1度慰めてもらった程度では解消されない。

勇者(あぁ駄目だ。こんなウジウジしてるのと居たらイライラするよね。気分転換しなきゃ…)

かといって魔物が徘徊する城内をうろつく勇気はなく、室内で何か気分転換できるものを探してみた。
すると、部屋の隅に立てかけられていた自分の剣が目に入った。

勇者(体を動かすとストレス解消にもなるって言うし…)

剣を手に持ってみた。
戦うのは嫌いだけれど、適当に振り回す程度ならいい運動になるかもしれない。

勇者「てーい」シュッ

とても魔物を斬れそうもない太刀が空気を切った。
確信する。
やはり自分に才能はないと。

勇者(でも、やっている内に上達するよね…)

戦士『そんな剣で魔王を倒せると思っているのかぁ!』
戦士『真剣にやれぇ!1日も早く上達する気持ちで!』
戦士『やっている内に上達すればいいなんて呑気なこと考えるなよ!』

勇者(き、厳しすぎるよ…)

思い出さなくてもいいことを思い出してしまい、かえって気分が沈むのだった。

暗黒騎士「何をやっている?」

勇者「うひゃぁ!?」

知らない間に、背後に暗黒騎士が立っていた。

勇者「お、お帰りなさい!こ、これは運動の一環でして…」

暗黒騎士「なら今度木刀を持ってきてやる。その手つき、真剣を持つには危なすぎる」

勇者(こ、これでも真面目に剣の修行してた身なのに…)

暗黒騎士「ところで。お前、故郷や家族はあるか?」

勇者「え、えぇ」

尋ねられ、自分の故郷の場所や家族の存在を話した。
魔王を討伐するまで帰ってくるな、と村から送り出されたことも含めて。

勇者「それで、それがどうかしましたか?」

暗黒騎士「あぁ…状況が変わった」

どういうことか、次の言葉を待ったが、暗黒騎士は少しの間沈黙していた。そして

暗黒騎士「とりあえず…お前の故郷には害が及ばないよう、手を打っておく」

勇者「――!」

暗黒騎士が帰ってこない日はまた続いた。

暗黒騎士『とりあえず…お前の故郷には害が及ばないよう、手を打っておく』

お前の故郷「には」。恐らく、彼の言葉の意味する事は――

勇者(そうだよね…彼は魔王軍の幹部だもの)

部屋から出れば嫌でも噂は耳に入った。

魔王軍は勇者を死んだものと判断したこと。
暗黒騎士は国への襲撃部隊の隊長に任命されたこと。
それから、暗黒騎士の武勇伝――彼がどれだけの人間を殺したか、ということも。

勇者(わかってたでしょ…それがわかってて、私は彼からの庇護を受け入れたんだ)

だけど、彼が人間を殺したという話が耳に入るだけで心は痛んだ。

勇者(聞きたくない…)

噂が耳に入らないよう、人と会うのをやめた。

救いは、彼が戦士や兵士以外の、無力な人達には手を出していないということだった。

今は木刀を振る気にもなれず、無気力に横になっていた。

勇者の称号があるだけの無力な自分がいた所で、人間を守れるわけではない。
だから自分が戻っても、ここにいても、状況は変わらない。

勇者(だけど――)

自分がいるだけで、もしかしたら、皆は希望を抱けていたかもしれない。

勇者(ううん、だったらやっぱり、いない方がマシだよ…)

自分がいなくなったことで人々が緊張感を持ち、戦に備えるなら、そっちの方が人間達の為になる。
逃げていることへの言い訳だけど、そう信じることで救われた気分になった。

勇者(今日も帰らないのかな…)

暗黒騎士の噂を聞く度、彼に会いたい思いが増した。
噂で聞く彼は私にとって恐ろしいものだった。
だから実際の、優しい彼に会いたかった。
よそで何をやっていようが、彼が自分に優しいのだけは変わらない事実だ。

勇者(身勝手だ…本当に)

メイド「暗黒騎士様の奥様〜」ドンドン

ドアを叩く音より大きなメイドさんの声がした。

勇者「はーい?」

メイド「間もなく暗黒騎士様がお帰りになるそうですよ!」

勇者「!!わ、わかりました!ありがとうございます!」

慌てて飛び起きて、急いで乱れた髪と服を整えた。

勇者(な、何て言って出迎えればいいかな…)

会いたかったのに、もうすぐ会えるとなると、どうすればいいかわからない。

メイド「たまには奥様の方からお出迎えしてはどうですか?」

勇者「わ、私から…」

相変わらず城内を歩くのには抵抗があったが、断る口実が思い浮かばなかった。
それに、たまには驚かせるのもいいかもしれない。

勇者「わ、わかりました!今行きます!」

臆病で人見知りの上引きこもりという噂の暗黒騎士の妻が出歩いていることで、好機の混ざった視線が向いたが、気にしないよう努めた。
メイドさんに教えてもらった道を早歩きで進み、入口まで来たら、物陰に潜んだ。

勇者(ど、どうして隠れるのかなぁ〜私?)

こういう時でも堂々とできないのが自分らしい。

勇者(…あっ!)

遠くから魔王軍の部隊がぞろぞろとやってきた。
その先頭にいるのは…間違いない、暗黒騎士だ。

勇者(お、お出迎え…あぁっ、でも他にも沢山部下の人がいるのに恥ずかしい…)

と、あたふたしているその時だった。

勇者(…あら?)

暗黒騎士は部隊と別れ、道を逸れた。彼が向かったのは、城外の森だ。

勇者(どうしたのかなぁ…)

魔王軍の魔物達が城内に入っていくのを物陰から見送った後、彼の様子が気になり、私は森へと向かった。

勇者(どこに行ったのかな…)

森の中にいても、魔王城は見えるから迷子になることはないだろう。
それでも、森の中に1人は不安だ。

勇者(やっぱり、帰ってくるのを待っていれば良かったかなぁ…)

そもそも彼が森に来たのも理由があってのことかもしれない。だとしたら、自分がここに来たことで邪魔になるのではないか。
それにもっと早く気づけたのではないかと、自分の頭の悪さに辟易した。

勇者(引き返そう…)

ドスウゥゥン

勇者「…何?」

重い轟音が聞こえ、振り返った。その先には――

勇者「――!!」

音の原因がわかった。
それは、彼が兜を脱ぎ捨てた音だった。

勇者(暗黒騎士、様――)

その素顔は、以前自分がでたらめで言った「自分好み」のものだった。
若いながらも逞しさを伺える、非の打ち所の無い美男子。ただ、それよりも――

勇者(暗黒騎士様…人間、だったの…)

人間に似た魔物も存在するが、それでも彼らには色々と、人間とは違う特徴がある。
しかし彼の素顔は、その特徴がない、人間のものだった。

彼はこちらを見ていない。
だけど声はかけられなかった。
何故なら兜の中は、彼にとって秘密なのである。

勇者(い、いけない!)

秘密を覗き見てしまった罪悪感から、私は全速力でそこから立ち去った。

だけど私はそそっかしいので、思いっきり足音をたてていたようで――

暗黒騎士「…せめてコソコソ逃げろ、阿呆娘」

暗黒騎士「さっき見たことは別に気にしなくていい」

勇者「!?」

部屋に帰ってきた彼を素知らぬ振りで出迎えると、開口一番そんなことを言われた。
さっき見たこと…多分、兜の中身のことだ。
しまった、バレていたとは…。

勇者「ご、ごめ…た、大変申し訳ございません…」

暗黒騎士「だから気にしなくていいと言っただろう」

そう言うと彼はあっさりと兜を脱いだ。
先ほど遠目で見た、自分好みの美男子が目の前に…。
すぐ顔に出るタイプなので顔が赤くなっていないかが心配だったが、幸い彼は触れてこなかった。

暗黒騎士「俺が人間だということは魔王しか知らない。他の奴らに知られると馬鹿にされるか距離を置かれるか…とにかくいい影響は与えないから隠していた」

勇者「ぜ、絶対誰にも言いませんから!」

暗黒騎士「あぁ、お前は阿呆だが口は固そうだから、それは信用する」

勇者(あ、阿呆…)

暗黒騎士「お前には別に隠していたわけではないが…わざわざ教える必要もないかと思ってな」

勇者「そうですか…」

やっぱり自分達は仮面夫婦なんだな――心がちくりと痛んだ。

暗黒騎士「しかし陰気で陰険の上引きこもりのお前がわざわざ出迎えに来てたとはな」

勇者「い、陰気で陰険…」

確か自分に対する評判は臆病で人見知り、だったはずなんだけれど…。

暗黒騎士「他の幹部に、たまにはお前の為に何かしてやれと言われた。まぁ、ほとんど無理矢理帰ってこさせられた」

勇者「と、とんでもない!貴方には十分色々して頂きましたし!」

暗黒騎士「他の奴らからはそう見えんようだ。というか、俺がお前を無理矢理妻にしたのではという噂までたっている」

勇者「ええぇ…」

暗黒騎士「そういう奴もいるから噂になるのは構わんが、俺が陰気で陰険な女に惚れ込んだというのは少々癪だな」

勇者「うぅ、すみませんねぇ…」

暗黒騎士「そう思うなら笑いながら話してみろ」

勇者「は、はい!こう…ですか?」

暗黒騎士「いいぞ面白い」

勇者「面白いのは嫌ですーっ!」

その時気付いた。彼は、笑っていた。
今までは顔が見えなかったから声で感情を読み取っていて、抑揚のない喋りから、あまり喜怒哀楽を表さない人なのかと思っていた。
だけど今の彼は確かに、ちゃんと、笑っている。こうやって笑える人なんだと気付いて、新鮮な気持ちになった。

暗黒騎士「どうした面白い顔をして」

勇者「だから面白いはやめて下さいよぉ…」

>翌日

暗黒騎士「疲れてないか?」

勇者「はい、山歩きは慣れていますので」

私は彼に連れられ、魔王城付近の山を登っていた。
ちゃんと道は整っているので、割と楽に歩ける所だった。
だけど彼のように重い鎧を着ていると話は別だ。
まぁ、でも平気なのだろう。
多分。

どうして山歩きをしているかというと、やはり今のままでは外聞が悪いと連れ出されたからだ。

勇者(こ、これってデートかなぁ)

山歩きというと仲間達にモタモタするなと怒られ、いい記憶は無かったが、彼との山歩きは違った。
ろくに会話は無かったが、一緒に歩いているだけで楽しい。

暗黒騎士「どうだ引きこもり。外の空気は久しぶりだろう」

勇者「一言多いですよ…」

たまに皮肉も言われたが、冗談だとわかっているので心も痛まなかった。


暗黒騎士「ほら頂上だ」

勇者「いい景色ですね〜」

魔王城を見下ろす程の高さから見た景色は、自然たっぷりで風も気持ちよかった。

暗黒騎士「ここなら誰も来ないだろう」

そう言って彼は兜を脱ぐ。
よく見ると少しだけ脂汗が滲んでいる。
やはり、暑かったのか。
超人のような活躍を聞く彼でも、そんな所は人間らしい。

暗黒騎士「どうした笑って」

勇者「新鮮でいいですね、こういうのも」

暗黒騎士「そうか。まぁお前が嫌でないならそれでいい」

勇者「嫌だなんて。世間体の為とはいえ、わざわざありがとうございます」

暗黒騎士「わざわざという程でもない。俺にも気分転換が必要だしな」

勇者「そうですよね…毎日お疲れ様です」

お疲れ様、というのもおかしな表現だと思った。
彼は人間と戦っているのだから。
だけど自分が無関係になってしまったせいか、それとも彼を贔屓しているせいか、彼が悪いことをしているという実感はない。

暗黒騎士「魔王軍に入ったばかりの頃は、ここでよく考え事をしていた。お前のようにな」

勇者「貴方でもそんなことがあったんですか」

暗黒騎士「お前程ではないが、俺も陰気な方だからな」

勇者「かもしれませんね。どんな考え事をしていたんですか?」

話してくれるとは思わなかったけど聞いてみた。だけど彼は、躊躇なく答えた。

暗黒騎士「人間を裏切ったことについて、な」

勇者「!」

そうだ、あまり気にしていなかったけれど、彼は人間の裏切り者なのだ。
なら自分のように、さぞ罪悪感に――

暗黒騎士「お前のように罪悪感に苛まれていた、と思うなら、それは間違いだぞ」

間違いだったようだ。

暗黒騎士「俺は自分の選択に後悔したことは1度もない。ただ…人間を裏切ったのだから、それなりの過去も理由もある」

勇者「過去と、理由――」

それは一体どんなものなのか。聞きたかったけど、聞いていいのか躊躇った。
自分も辛くて人間を見捨てたからわかる。
それも自分のように弱い人間じゃなく、彼のように強い人が耐え切れない程のものなら、尚更聞いてはいけない気がした。

暗黒騎士「…聞かないのか」

勇者「はい」

そう答えると、彼は驚いたような顔をして、少し沈黙して――

暗黒騎士「お前は優しいのだな」

そう言って、微笑んだ。

私に優しいと言ってくれた彼は、私に優しかった。
勇者という重荷に苦しみ、希望を失っていた私は、この優しさに救われてきた。
例え彼が人間の敵でも、私にとっては誰よりも優しい人だ。

勇者(暗黒騎士様は、何故私に――)

「「「勇者!!」」」

背筋が凍った。
呼ばれた瞬間、嫌なものが頭で一杯になった。
その理由は、数秒経ってから気付いた。
その声が自分を勇者と呼んでいたからと、それと――

戦士「ここにいたか…」

見たくもない顔ぶれが並んでいた。

魔法使い「魔王城付近を張ってたら似てる奴が通ったから、まさかと思ったけど…」

声が出なかった。
どうして、今ここに、彼らがいるのだろう。
自分に運のパラメーターが存在するなら、それは限りなく低いのだろう。

僧侶「敵に捕まっていたんですね勇者さん」

戦士「貴様!勇者は返してもらうぞ!」

かつての仲間達は、まさか自分が人間を裏切ったとは思っていないようだ。
自分はどうすればいいのか、咄嗟に何も考えられなかった。
そうしている内に、その場の私以外の人達は戦闘の構えをとっていた。

暗黒騎士「その装備、王国のエリート集団だな…こんな時に面倒な奴らが現れたものだ」

魔法使い「今までよくもやってくれたね暗黒騎士!だけどアンタ1人なら何とかなりそうだわ…覚悟しな!」

こうして、私は何もできないまま、戦いは始まってしまった。

片や魔王軍筆頭の戦士、片や王国のエリート集団、その戦いぶりは互いに見事なもので、私は目で追うことすらできなかった。
わかるのは互いに実力が拮抗しているということだけで、どちらが勝つのかも見当がつかない。
しかし3対1だからこそ拮抗しているようで、最前線で剣を振っている戦士さんの方が多く傷ついているようだった。
勿論、僧侶さんの回復魔法ですぐに治るのだけれど。

魔法使い「溜めたよ!戦士、後ろに跳びなっ!!」

戦士「おう!」

いつの間にか魔法使いさんが魔力を溜めていたようで、それを放つ。
だけれど流石暗黒騎士様、きちんと警戒していたようだ。

暗黒騎士「ふん」ヒュッ

魔法使い「チッ!」

ギリギリだったがかわし、ダメージは受けなかったようだ。
だけど――

僧侶「あ、あれ…」

3人が目を見開いた。
その視線の先は――今の魔法で暗黒騎士様の鎧が肩の所だけ壊れたようで、その部分だ。
だがよく見ると、その肩にあるのは…

勇者「紋章…?」

自分の勇者の紋章とは違う、見たことのない紋章だ。
あれは何なのか…すぐに答えは呟かれた。

僧侶「呪いの紋章…」

呪いの紋章。
見たことはなかったが、聞いたことはある。
その紋章は邪神からの寵愛の証らしく、それを授かった者は人間に害をなす存在になるとか――

戦士「呪いの紋章の持ち主か、納得したぜ!だからお前は人間を裏切ったんだな!」

魔法使い「紋章の力って根強いんだねぇ。あーヤダヤダ」

僧侶「勇者さんの紋章も、それ位強い力を発揮してもらいたかったものですが…」

彼は呪いの紋章のせいで人間を裏切った?それは違うんじゃ――そう思った所で気付いた。
暗黒騎士の様子が、少し変だ。
あの顔は、苦痛?

暗黒騎士「…違うな」

彼は抑揚のない声で言った。
いつもと違いそれは、無理をして平静を装っているようにも聞こえた。

暗黒騎士「人間を裏切らせたのは紋章の力ではなく…お前達人間自身だ!」

「「「!!」」」

怒号と共に大地が切り裂かれた。
それだけ強い力、それに怒り。

かつての仲間達に直撃はしなかったものの、各々驚きの顔で切り裂かれた大地を見つめていた。

そして私はそんな力を目にして、かえって冷静さを取り戻していた。

勇者「やめて…もう帰って下さい!」

それまで私を意識の外に置いていたらしいかつての仲間達は、私の言葉が理解できなかったようで、ただ目を丸くしていた。

勇者「私が彼の元にいるのは自分の意思です!貴方達と戻る気はありません!」

僧侶「な、何を言っているんですか…?」

いつも冷静に人の心をえぐる僧侶さんが、今日は私の態度に圧倒されている。
思えば、彼らに逆らったのはこれが初めてだ。

魔法使い「何言ってんだよ!そんなの許されると思ってんの!?」

僧侶「目を覚ましなさい。貴方は人々の希望なんですよ」

戦士「暗黒騎士にたぶらかされたのか!?目を覚ませ、勇者!」

彼らの言葉は私に響かない。
何故、許しを請わなければならないのか?
何故、希望に応えなければならないのか?
目はもう覚めている。勇者だった頃が、重圧でおかしくなっていたんだ。

私は――

「私は――勇者の役目を放棄します」

勇者の放棄を宣言した瞬間、私は変に落ち着いていた。
それとも、緊張しすぎて麻痺していたのか。

かつての仲間達は押し黙っていた。
信じられない、受け入れられない、といった顔だ。

暗黒騎士「そういうことだ」

沈黙を破ったのは暗黒騎士。
それから続けて彼らに言った。

暗黒騎士「諦めるのだな。こいつをそうさせたのはお前達だ」

魔法使い「何を…っ!」

魔法使いさんが戦闘を再開させようと、彼に攻撃しようとする――が、私は彼を庇うように立ちふさがった。

「彼を攻撃するなら私ごとお願いします」

そう言われ硬直する魔法使いさんにもう一言つけ加えた。
「勇者殺しの罪を背負えるなら」と。
すると皆戦闘の構えを解いた。
誰も私を攻撃できない。
勇者の放棄を宣言したばかりだというのに、我ながら卑怯だなと思った。

僧侶「本気なんですか…」

駄目元で尋ねる僧侶さんに、はっきりと

「はい」

と答えた。

戦士「呪われし者が…勇者をたぶらかしやがって」

魔法使い「気が重いけど…王様に報告しておくわ。絶対、目を覚まさしてやるからね勇者!」

彼らは最後まで、私が自分の意思で勇者を放棄したとは認めたくなかったようだ。
彼らには何を言っても無駄だ。
きっと、私の気持ちは理解できない。

暗黒騎士「無茶したな」

彼らが立ち去った後、彼はいつも通りの様子で、事も無げに、涼しい顔で言った。
だけどその顔を見た瞬間、私は今更、興奮がどっと押し寄せてきて――

暗黒騎士「どうした阿呆娘」

その場にへたり込んだ私に、彼は不思議そうに声をかけた。
「怖かったです」と言うと、更に不思議そうな顔をした。

暗黒騎士「後悔しているか?」

その質問に、私ははっきりと否定した。
今はむしろ清々しい気分だ。
それから気付いた。
この興奮は、解放感だ。
私はもう、勇者じゃないのだ。
そう思ったら心から笑えてきた。
暗黒騎士様は更に不思議そう、というか遂には怪訝そうな顔になる。

暗黒騎士「やはりお前は変な女だな」

ひどいですよ。
そう言うと彼も少し意地悪そうに笑った。
それから私の腕を引っ張り上げ、立たせてくれた。
彼が私から手を放す瞬間、その手に未練を抱く。
それを実感し、思った。
私は彼にたぶらかされたんだな、と。
勿論、勇者を放棄したのとは関係はなく。

暗黒騎士「俺もお前と同じだった」

彼は私にそう語った。
彼は元々人間を守る側の戦士だった。
だけど、ある日突然体に浮かんできた呪いの紋章により、人々から差別を受け、人間に絶望し、魔王に寝返ったのだと。
紋章の謂れの通り、彼は人間に害をなす存在となったのだ。

人の人生を狂わせる、迷惑なものですね――私がそう言うと、彼は

「そうだな」

と呟いた。

以前彼に言われた言葉を思い出す。

『困難から逃げるのは悪いことか。立ち向かって、潰れるのが良いことなのか』
『お前に重圧をかけてくるのは人間達の勝手だ。ならお前も勝手になればいい…』

これは彼だから言えた言葉だったのだ。
彼は差別に負けず、自分を差別してくる人間達を守り続ければ良かったのか。
差別と戦い、人間を守り、認められる日を待つべきだったのか。
だが、彼は差別から逃げることを選んだ。

「人間への復讐心があったのですか?」

彼は少し迷った後、頷いた。
「あの頃よりは大分薄れたがな」と付け加えて。
きっと人間の敵に回ったことと、時間の流れがそうさせたのだろう。
だけど多分、まだ彼は完全には立ち直れていない。
先ほどの戦いで見せた苦痛の表情が、それを証明していた。

私と同じですね、本当に――

互いにいい思い出でないけれど、彼と通じ合えた。
それが、今はただ嬉しく思えた。

翌朝、少し無理して早起きした。
気持ちは清々しいものの、無理したので若干フラフラだ。
目覚ましの運動がてらにと、軽く木刀を振るう。
ビュンと風を切る音が気持ちいい。

暗黒騎士「朝から元気がいいな…」

顔色悪く暗黒騎士が目を覚ました。
木刀の音で目覚めるとは、一体どんな気分なものなのか。

暗黒騎士「暗殺者でも来たのかと思ったぞ」

あぁ、だから咄嗟に起きてしまったのか!
ごめんなさいとペコペコ頭を下げると、彼は怒ってないとでも言うように、私の頭に軽く手を乗せた。

暗黒騎士「で…どうしてこんなに朝早い?」

彼は不思議そうな顔をしていた。それもそうだろう、いつもなら寝ぼけている時間だ。
でも、今日からはそうはいかないのだ。
何故なら、

「妻は、夫より先に起きるものですから」

数秒の間の後、

暗黒騎士「寝ぼけるな阿呆」

今度はごつんと叩かれた。

そんな緊張感のない朝を迎えた日の正午、私達は緊張感たっぷりに並んで歩いていた。

手には剣を持つ。
必要ないかもしれないけど、持つことで今は多少安心できる。
平静な顔を作ろうとしたけど駄目だ。
どうしても顔に不安が浮かぶ。
兜を被った彼の顔は見えない。
一体今は、どんな顔をしているのか――

暗黒騎士「心配はいらん」

そう言って背中を叩いてくれたが、声でわかった。
彼も同じく緊張している。

2人やや重い足取りで歩いていく。
魔王の間への道を。

魔王「何用だ?暗黒騎士、それに――暗黒騎士の妻だったな」

高齢の魔王は口調に威圧感を含めず私達を迎え入れた。
だが魔王を前にした重圧は計り知れない。
自分のような凡人でも感じ取れる強い力が、魔王にはあるのだろう。

暗黒騎士「話がございます」

彼は緊張しているものの、堂々と魔王の元へ歩み寄る。
私はこれ以上近づくな、と事前に手で制しておいて。

魔王「話か。お前の活動報告なら聞いておるが…」

暗黒騎士「それついての話ではありません」

魔王「だろうな。でなければわざわざ奥方を連れてこないか」

そう言って魔王は私を一瞥する。
睨まれたわけではないが、ついビクッとしてしまう。

魔王「ふ…噂通りの臆病者のようだな」

暗黒騎士「はい。…話は私の妻についてです」

魔王「ほう」

>昨日

暗黒騎士『あの3人にお前のことがバレた以上、こちらの勢力にバレるのも時間の問題だ。だから――』

暗黒騎士「魔王様。あちらをご覧下さい」

彼の声を合図に私は袖をめくり、紋章を見せた。

魔王は特別驚く様子もなく「ほう」と呟く。

暗黒騎士「あの紋章が何かは、おわかりですね」

魔王「勿論だ。だが暗黒騎士よ――何故わざわざ見せに来た?勇者を亡骸にして我の前に連れてくるのがお前の役目だろう。それともまさか、お前は本気で勇者に惚れたとでも?」

暗黒騎士「その事ですが――」

魔王の口調は相変わらず穏やかだったが、場の緊張感が増したのはわかった。
暗黒騎士も言葉を慎重に選んでいるのがわかる。

暗黒騎士「まずはお詫び申し上げます。私はあれが勇者であると知っていて妻として娶りました。しかし勇者といえど満足に戦えぬ小娘…私の妻となった経緯も、勇者としての使命から逃げた結果であります」

魔王「ほう、面白い話だな」

暗黒騎士「昨日もあれは人間側の者に、はっきりと勇者の放棄を宣言しました。この話はその内人間側に広がることでしょう」

魔王「フッ…人間共は絶望に包まれるだろうな」

魔王は初めて笑った。暗黒騎士の話を聞いて、さも嬉しそうに。

魔王「暗黒騎士よ。勝手なことをした罪は重いが、勇者を懐柔し人間共に絶望を与えたことは褒めてやる」

暗黒騎士「えぇ、それで――」

魔王「言いたいことはわかる。勇者をこのまま生かしておいてくれないか、だろう」

暗黒騎士「あれが人間側に再びつくことはありえません。多少、監視をつけても構いません。ですから命は――」

魔王「暗黒騎士、お前は…いや人間は、勇者の紋章について少々勘違いをしている」

魔王は暗黒騎士の言葉を遮り、話を始めた。

魔王「お前の呪いの紋章は邪神に寵愛を受け、人間に絶望を与える存在となった証」

魔王「それに対し、その女のは勇者の紋章と呼ばれているだけだが、説明を加えると――お前の紋章とは正反対。人間達の神からの寵愛の証であり、人間達に希望を与える存在である証」

魔王の説明を私はただ聞いていたが、ふと気付いた。
暗黒騎士様は腰の剣に手を寄せていた。何故か?

魔王「つまり――その女の意思とは関係なく、勇者は生きているだけで人間達の希望となり得る」

魔王「人間の希望は――刈り取らねばなるまい!!」

暗黒騎士様が私の前に立ちふさがり、それから何かを切り裂くような音がした。
状況についていけなかったが、多分、彼は斬ったのだ。
魔王から私に繰り出された一撃を。

暗黒騎士「そう簡単に説得できるとは思っていなかったが――絶対ここから動くなよ」

彼はそう言うと、剣を構えたまま魔王に突撃していった。

魔王「我に歯向かうか暗黒騎士!これも勇者の紋章の影響か…面白い、かかってこい!」

魔王は高笑いしながら暗黒騎士に立ち向かう。
こうして、魔王軍の2トップである2人の戦いが始まってしまった。

暗黒騎士の実力は魔王にも引けを取らない…そんな噂を以前聞いたが、まさか本当だったとは。
魔王が手加減しているのかはわからないが、見た所、戦いは拮抗している。
魔王は爪に黒いものを纏い、目にもとまらぬスピードで斬撃を繰り出す。
あまりの素早さに、手が何十も増えたように見える程だ。
そんな魔王から繰り出される技全てを、暗黒騎士は剣一本で防いでいた。

凄い――私の命がかかっている戦いだというのに、見惚れてしまう。
念の為に剣を持ってきたが、やはり私の入る余地はない。

魔王「暗黒騎士よ、勇者に同情でもしたのか?」

魔王は余裕を見せるように笑いながら言った。

暗黒騎士「だとしたら?」

魔王「冷酷な暗黒騎士ともあろうものが、可笑しくてな」

暗黒騎士「俺もそう思います」

冷静に振舞う暗黒騎士とは対照的に、魔王は楽しそうだった。
それが余裕の表れなのかはわからない。

魔王「暗黒騎士――人間達から迫害を受けていたお前を救ったのは、我だったな?」

暗黒騎士の感情を乱す為か、魔王は唐突にそんな話を始めた。

魔王「人間達はお前にひどい言葉を浴びせ、中には肉体的に痛めつけてくる者もいたな?我が見つけた時のお前は、追い詰められ、死ぬ一歩手前のような姿をしていた」

私は魔王の言葉につい耳を傾ける。

魔王「紋章を授かる前のお前は、我らにとって恐ろしい敵…つまり人間達の希望と言ってもいいような存在だった。それを人間達は、紋章があるというだけの理由で迫害したのだ」

魔王「お前は悔しくないのか?人間の為に戦ってきたお前ではなく、あのように使命から逃げ出した小娘が希望の象徴となっていることを」

魔王「勇者を刈り取れば、人間達は絶望し、お前が真に満たされるとは思わんか?」

聞いているだけで私の心が乱される。
彼がどんな仕打ちを受けてきたのか、私は知らない。
だけど自分が守ってきた人間に迫害されるなんて、想像しただけで恐ろしい体験を彼はしたのだ。
魔王の言葉に反論の言葉が浮かばない。過去は過去だなんて、私には言えない。

暗黒騎士「それが何だと言うんですか」

だけど彼は違った。

暗黒騎士「俺はあいつを守る…だから関係ない!」

彼はそう言って、魔王の放った魔法を真っ二つに斬った。

少なくとも見た感じ、彼の心が乱されている様子はない。
やはり彼は強い。
ちょっとしたことで動揺して傷ついて駄目になってしまう自分とは違う。
私は自分自身より、彼の事を信じていた。

魔王「やはり乱されぬか、暗黒騎士よ」

魔王はさも残念そうな顔で言った。その表情のまま、次の攻撃の構えに入り――

魔王「残念だ。我の言葉に応じれば、この技を出さずに済んだものを――」

暗黒騎士「――」

魔王の肥大化した爪が暗黒騎士に直撃したのは、言葉を言い終えたのと同時だった。

暗黒騎士「く…っ」

壁に叩きつけられた彼に、私はすぐ駆け寄った。
魔王が狙ってなのかどうかはわからないが、彼は丁度私のすぐ近くに吹っ飛ばされていた。
鎧の隙間から血が溢れている。
やはり今の一撃で相当なダメージを喰らったようだ。
だが、それでも魔王は容赦なく――

暗黒騎士「が――」

体勢を崩していた彼に、魔法弾が3発も打ち込まれる。
今度は吹っ飛ばず、その場に倒れた。
その拍子に兜が落ち、素顔が露わになる。
暗黒騎士様――彼の名を呼ぶ。
呼吸はある。
しかし起き上がれない程の痛みを受けてか、表情は苦痛に歪んでいた。

魔王「我にここまでの力を出させることができるのは、お前くらいか――だから重宝もしていたが、敵になれば恐ろしい存在だ」

まるで別れを惜しむかのように語りながら、魔王は一歩一歩近付いてくる。
確実に仕留めるつもりだ。
だけど彼は起きることができない。
焦燥と恐怖で頭がおかしくなりそうだったが、必死に考える。
どうすれば――
混乱の中、ある考えが頭をよぎった。

私の紋章は人間の希望の証――それが本物なら、もしかして奇跡が起こるのではないか?

私はまた自分に都合のいい考えを導き出した。
これはもう私の特技と言ってもいいかもしれない。
勇者の使命を放棄したのに、またこの紋章に頼るとは。
何のことはない、紋章が選ぶ人間を間違えたのが悪いのだ。
だけど私に都合良く事が運ぶんだったら、とことん都合良く話が進んでくれればいい。
私は持っていた剣を握る。
今でも振り方はよくわかっていない。

だけど、戦うと決めた。

本当はとても怖いけど、恐怖心を抑え、私は立ち上がった――――


暗黒騎士「やめろ阿呆」

肩をグイッと抑えられ、私はその場にしゃがみこむ。
彼は起き上がっていた。
相変わらず大怪我でフラフラしていたが。
私が立ち上がろうとすると、彼はそれより更に強い力で私を押さえつけた。
これでは立てない。
一体その怪我で、どこからこんな力が出てくるのか。

止めないで下さい。
そう言っても彼の力は緩まない。
今はこんな事をやっている場合ではない。
何て言えば自分の考えが伝わるか、焦る。
言葉を選んでいる時間はない。
とにかく言わないと。

「私、ようやく戦う決心が――」

言いかけた所で口を塞がれた。
びっくりして抵抗しようとしたが――彼の顔は言っていた。
「わかったもう黙れ」と。
さっきまで顔に浮かんでいた苦痛はどこへ行ったのやら、彼は落ち着いていた。

暗黒騎士「決心しなくていい」

そう言うと私の口から手を離し、私に背を向け剣を構える。

暗黒騎士「お前には戦わせない。もしそれで奇跡でも起こったら、お前は本当に勇者になってしまう」

彼は私の考えを読んでいた。

暗黒騎士「お前は大人しく見ていろ――俺が否定してやる、お前の紋章の力を」

そう言って、彼は魔王に向かって行った。

彼の動きは落ちていない。
どれだけの無理をして戦っているのか、想像もできない。

私は動くこともできなかった。
どうして彼はこんなに優しいのだろう。
凄い無理をして、私が勇者だと否定してくれている。
こんな時にも役立たずの、無力な小娘でいろと体を張って言ってくれている。
その感動のあまり、目の前の戦いの様子すら頭に入って来なかった。

どうか彼だけは無事でいてほしい。
そう思っている私には、彼の考えていることなんて読めなかった。

暗黒騎士(まさか俺が、魔王相手にここまで戦えるとは――)

暗黒騎士(柄にもなく、絶対負けたくないと必死になっている。その気持ちのせいか…?)

暗黒騎士(そんな気持ちにさせたのはあいつだ。…もし、あいつの紋章の力が本物なら…)

暗黒騎士(俺に力を与えることで、魔王を追い詰めているのかもしれないな…)

暗黒騎士「…そんなわけないな」

彼が何か呟いたけど、私には聞き取れなかった。

魔王「面白い、面白いぞ暗黒騎士ぃ!お前がここまで食らいついてくるとはな!もっとお前の力を見せよ!!」

そう言いながら振り下ろした手は地面をえぐる。
それをギリギリでかわしながらも暗黒騎士の表情には動揺が伺えない。
暗黒騎士は後ろに大きく跳び、魔王と距離を取って、言った。

暗黒騎士「もう止めた方がいいのでは?」

彼はそう言うと急に剣を引っ込めた。

一体何を考えているのか?魔王もそんな感じの表情になる。

魔王「その口ぶり、降参の台詞ではないな」

暗黒騎士「あぁ、降参ではない」

大怪我をしているのはこちらだというのに、何故だか余裕が伺える。
ますます訳がわからない。
彼はすぐに言葉を続けた。

暗黒騎士「動きが落ちていますよ魔王様」

何だって?私には気付かなかった。

暗黒騎士「貴方ももういい歳です。長時間は戦えない。だから早い内に俺を仕留めておきたくて大技を使ったが、俺は倒れなかった…今は大分お体が辛いはずですよ」

魔王「…」

魔王は否定もしない。
表情は笑みを浮かべたままで、少なくとも疲労等は伺えない。

魔王は少ししてから、わははと大口を開けて笑い始めた。

魔王「流石我が忠臣だな…衰えを見せぬようにしたつもりであったが、見抜かれていたか」

暗黒騎士「戦い続ければ私が勝つでしょう」

彼は油断を見せなかった。
その表情はいつもより固く見える。
魔王はそんな彼の様子を見て、またニヤッと笑った。

魔王「お前のやせ我慢も、相当なものだがな」

暗黒騎士「…」

それでも彼の顔は変わらなかった。
あぁ、ようやくわかった。
彼は痛みの余り、顔を強ばらせるしかないのだ。

魔王「全く、歳には勝てんな」

魔王はそう言うと、無防備にもこちらに背を向け玉座へと歩いて行った。
それを見て暗黒騎士も剣をしまい、そこに座り込む。
これが互いの、戦いが終わったという意思表示のようだ。

お怪我の手当を――私がそう言うと彼は相変わらず表情を固くしたまま「あぁ」としか言わなかった。
無理も相当きている。

魔王「それで暗黒騎士よ――話を続けようか」

暗黒騎士「初めからそうして頂けたらありがたい」

こんな怪我までして、彼も相当不服なのだろう。冷静を装いつつもちょっとした反抗を口にする彼が何だか可笑しい。

魔王「で、何の話をしていたか?」

暗黒騎士「…」

彼の表情がちょっとだけ歪んだ時に、小さく聞こえた。

「ふざけるなよジジイ」

と。
彼の手当をしながらもそれを聞き逃さなかった私はつい噴き出した。
それからごつんと頭を叩かれた。
痛い。

魔王「まぁ戦いでわかった。お前の意思は相当強い。ここまで強い意思を持って反抗されたのでは、老いぼれた我にはどうすることもできん」

暗黒騎士「本当にそう思っていますか」

疑念に満ちた目で言った彼に、魔王は大笑いで返した。
この魔王、思っていた以上に食えない翁のようだ。

魔王「そもそも何故魔物と人間は争っているのか、知っているか?」

魔王は唐突に話を切り出した。
何故か?生まれた時から争いはあったので、そういうものとしか捉えていない。
私がそう言うと、彼も頷く。

暗黒騎士「魔王軍は人間の縄張りに攻撃をしかけ、人間達も魔物を排除しようとしている。双方がそれを止めないから争い続けるしかないでしょう」

魔王「まぁ、そうだな」

魔王は頷く。
何故そんな当たり前の話を始めたのか。
そう思った時、魔王は続けた。

魔王「争いが始まった当初のことは、我でもわからん。もしかしたら邪神と、人間達の神の争いが魔物と人間に及んだのかもしれんし、その逆もありえる。とにかくそれだけ長いこと、魔物と人間は争ってきたわけだ」

暗黒騎士「調べてないだけでは魔王様」

しかし魔王は暗黒騎士の言葉を無視して続けた。

魔王「邪神に選ばれたお前と、人間の神に選ばれた勇者――両者がこのように和解したのは、長い歴史の中で恐らく初めてではないか?」

私と暗黒騎士様は目を見合わせる。
2人とも紋章が定めた運命から目をそらしていた人間だから気付かなかったが、もしかしてこれは奇跡なのではないか?

魔王「暗黒騎士よ――お前、勇者を愛しているのか?」

暗黒騎士「――は?」

暗黒騎士の顔が遂には能面のようになった。
魔王の言葉の意味がわからないわけではないと思う。今この流れでそんなことを聞く魔王の意図がわからないのだ。

魔王「愛しているのかと聞いている」

暗黒騎士「言わせてどうするんです」

魔王「さぁな?」

そう言って魔王はニヤリと笑った。
あ、絶対楽しんでいる。

魔王「我にも愛する妻はいた――」

暗黒騎士「何の話ですか」

魔王「だが妻には先立たれてしまってな…」

暗黒騎士「だから何の話ですか」

魔王「妻とは長年連れ添ったがとうとう子供はできず」

一方的に苦労話を続ける魔王に、暗黒騎士は遂に突っ込むのをやめた。
しかしボソッと

「遂に耳まで遠くなったか」

と呟いたのは、しっかり聞き取った。

魔王「大事な話だぞ。何故なら、後継者がいないということだからな」

暗黒騎士は真面目な顔に変わって頷く。
一応これは魔王軍にとっては由々しき問題なのだ。
年寄りの思い出話に辟易していた彼も魔王軍幹部。
このように言われては、幹部の顔になるのだろう。

暗黒騎士「そうですね。ですが、何故突然その話を――」

魔王「聞いて驚くな暗黒騎士。実はな――」

魔王「我はお前を後継者に、と考えていた」

暗黒騎士「…」

暗黒騎士の顔がとうとう胡散臭いものを見る目になった。

暗黒騎士「何をほざい…おっしゃる」

魔王「我は本気だが?」

魔王はそう言うが、その表情は相変わらず人を食ったような笑顔で、本気を感じさせない。

魔王「我はこれからも衰えていく。後継者を育てる力も無くなる。ならば魔王軍で最も強く、若い者を後継者にするのは不自然な話ではあるまい?」

暗黒騎士様よりも先に私がうんうんと頷いた。
本当にごもっともな話だと思う。
それを見て、彼は悩ましい顔をしながら「まぁ」と呟いた。

魔王「そして魔王軍で活躍するお前に任せてもいいと安心していた所に、お前が勇者を妻として娶っていたという話を聞かされては我も動揺する。わかるか、お前が怪我をしたのはお前も悪い」

暗黒騎士「まぁ、それは…申し訳ない」

渋々といった様子で彼は頭を下げた。

魔王「しかしあの戦いで、お前が勇者を本気で愛していることは伝わった」

暗黒騎士「その話はいいでしょう」

魔王「いや大事なことだぞ」

魔王の様子は一変し、表情も口調も真剣そのものとなった。

魔王「先ほども言ったように、邪神に選ばれたお前と、人間の神に選ばれた勇者が愛し合う――すると何が起こると思う?」

暗黒騎士「…何が起こるのです?」

魔王「さぁな。我にもわからん。が――」

魔王はそう言うと、私と彼を交互に見た。それから、言った。

魔王「紋章に躍らされる人間は、もう生まれなくなるかもしれないな――」

暗黒騎士「――!」

その時私は多分、彼と同じ顔をしていたと思う。
魔王の言おうとしていることに気付いてしまったのだ。
紋章の力はこの際偽物でも構わない。
だが彼が魔王になったとして考えて。
彼が人間達の希望である私と、手を取り合えば――

暗黒騎士「長年に渡ってきた戦いを、止められるかもしれない」

何て壮大な話だろう。私は身震いした。まさかそんな事が…。

暗黒騎士「貴方はそれでいいのですか」

暗黒騎士が魔王に問う。

暗黒騎士「貴方は平和主義者ではない。魔王として人間達への攻撃を続けてきた。なのに、いいのですか、それで」

魔王「フ――」

魔王は笑った。今度の笑みは自嘲を含んでいるようだった。

魔王「我の代では人間を降伏させることが不可能かもしれん。だが世代交代した後のことに口出しをすべきではない。それに――」

暗黒騎士「――!」

魔王「我はもう、疲れてきたのでな」

魔王が袖をめくって見せたのは、暗黒騎士と同じ、呪いの紋章だった。

翌年、勇者を奪われ絶望に満ちていた人間の弱小国達は、次々と魔王軍への降伏を申し出た。
制圧国に対し魔王軍が暴利を働くことは無かったが、制圧国の人々は敗北感を根強く抱いていた。
大国は魔王に歯向かう意思を覆さず、軍隊による魔王軍への攻撃を行う。
これを魔王軍は迎え撃ち、一進一退の攻防が続いた。
強い意思を持って魔王軍に立ち向かう者は多く、彼らは人間達の希望となることはなくとも、最後までその意思を貫いていった。

そういった時代が長く続いたが、その年歴史は一変する。

先代の魔王が旧没し、世代交代が行われたのである。

新魔王が最初にした事、それは魔王軍の引き上げ。
そして、制圧国の解放。

それから各国への、和解交渉が始まった。

長年戦っていた為仕方ないが、まだ魔王軍に敵意を持つ人は多い。

争いを止めるというのは、なかなか難しいものですね――

私の言葉に彼が頷く。
だがその後続けた。「まだまだこれからだ」と。
彼は強い。
これから困難な道が続くとわかっていても、立ち向かう覚悟ができている。
あまりにも強い彼が、私には大きな存在に感じる時がある。
それから思う。
自分は共に立ち向かえるのか、と。

「お前は立ち向かう必要はない」

彼は即座にそう言った。どうやら、また思っていることが顔に出ていたようだ。

「立ち向かうのは俺の役目だ。お前は――」

貴方を支えれば宜しいでしょうか――そう尋ねたが、すぐに否定された。
何年連れ添っても彼の言いたいことが読めない…だけどそんな私に彼は優しく微笑んだ。

「守られていろ。それで俺は前に進むことができる」

本当にそれでいいんですか?尋ねると彼はああ、と頷いた。
「今までと同じくな」とつけ加えて。
彼は弱い私をずっと、守り、支えてきてくれた。
私はあれから変わらず弱いまま。
いいのだろうか、それで。

「何故、無理に強くならなければならない?」

答えられない。理由はわからないけど、弱いままではいけないような気がして。

「弱くてもいい」

私の自己否定的な考え方を、彼はすぐに否定してくれた。

「それがお前だ」

彼はいつも、私に欲しい言葉をくれた。

魔王の世代交代から3年、新たな展開が訪れる。

魔王の妻が子をなした。

既に魔王と和解していた多くの国々はこれを祝い、そして希望の象徴が生んだその子を「奇跡の子」と呼ぶ。
奇跡の子はやがて世界に平和をもたらすと言われるようになり、その存在が争いの沈静化に大きく貢献した。

「昔よりは世界の状態が大分マシになったな」

そうですね。

「その子を生んでくれたお前のお陰だ。感謝する」

貴方の力あってのことです。

「お前が側に居てくれたから、俺はここまでできたんだ」

貴方が守って下さったから、私は幸せでいられるんです。

「ありがとう」

こちらこそ、いつもありがとうございます。

いつの間にか子は眠りについていた。寝た子を起こさぬよう、2人とも言葉を止める。
言葉が無くても気持ちを伝えることはできる。
私は昔の顔をして、彼に微笑んだ。

『貴方に出会えて良かったです――暗黒騎士様』

彼も昔の顔で応えてくれた。
それから共に子を見守る。

これから守っていくべき存在を胸に抱き、私はようやく強くなれた気がした。

Fin

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この記事のコメント一覧
1 . 名無しさん  ID:xBBqfTXk0編集削除
Long long time 顎
2 . 名無しさん  ID:t3FIC4li0編集削除
このシリーズ、好きな人いるの?
3 . 名無しさん  ID:iWLWX.Oj0編集削除
「テキスト:勇」までは読んだ
4 . 名無しさん  ID:.dnlQ6qx0編集削除
↑俺も!
5 . 名無しさん  ID:fkwzhzTG0編集削除
↑私も
6 . 名無しさん  ID:UaiJacLp0編集削除
俺はキライじゃないぞ
7 . 名無しさん  ID:paqNJs5U0編集削除
俺はこのシリーズ好きだぜ!読んでないけど!

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