中学生の頃、親と喧嘩し、自転車に乗って家を飛び出した。 
60km余り離れた叔母の家に行こうと思い立ち、道が判らないので、線路伝いの道を走った。
が、川を渡る時に大きく迂回しなければならず、そこで方向すら判らなくなってしまった。
時間は夜8時を回り、人通りも少なくなっていた。 
閉店しようとしているケーキ屋を見付け、そこの小父さんに道を尋ねた。 
小父さんは、目的地を告げると、

「え〜!そりゃあ自転車じゃ無理やで〜」

と言い、

「お金出したげる。自転車も預かっといたげるから、電車にしとき」 

とまで言ってくれた。


元はと言えば、自分の我侭で親と喧嘩した事が発端だったので、見ず知らずの人のそんな厚意に甘えるわけには行かなかった。 
自転車で行く意志が堅い事を見て取り、小父さんは

「ちょっと待ってな」

とシャッターを開けて店の奥に引っ込み、やがて戻ってくると、小さな紙袋を差し出した。

「これを食べながら行きや」 

開けると、中は甘い匂いのするクッキーだった。 

その日、そのクッキーを頬張りながら、3時間走り、なんとか叔母の家に辿り着く事が出来た。
翌日、自宅に帰ったのだが、親から大目玉を食らった事は言うまでも無い。

高校に入る春、バイトでサイクリング車を買って行動範囲が広がり、その店にお礼を言いに行った。
小父さんは喜んでくれ、その時を境に手紙や年賀状のやり取りをする様になった。
高校の文化祭でステージでピアノを演奏した時、小父さんに招待券を送った。
小父さんは店を出れないので、バイトの女の子2人を代理として寄越した。
バイトの女の子は、小父さんからだと言って、お菓子を差し出した。
却って気を遣わせてしまったと、自分の考えなしを反省したものだった。

やがて、大学を卒業して社会人になって、転勤で引っ越すどさくさで、そこの住所を書いたメモを紛失してしまい、音信不通となった。

転勤を繰り返し10年目にして、ようやく生まれ育った土地に戻ってくる事が出来た。
俺は、結婚して一児の父親になっていた。
実家から70kmくらい離れた、妻の実家近くにマンションを構えた。
マウンテンバイクで実家に行った帰り道、ふと思い出して、その店に行ってみる事とした。
小父さんは、かなり歳を取っていたけど、まだ現役で、20年ぶりに会う俺の事もちゃんと憶えていて、涙を浮かべて懐かしがってくれた。

「ところで、ここへはどうやって来たの?車?」

とキョロキョロしたので、

「これです」

とマウンテンバイクを指差すと、小父さんは噴出し大爆笑。

別れ際、

「持って帰って奥さん、子供さんと食べて。」

と包みを差し出した。

「お金払います」

と言っても、頑として受け取らない。

「今度は、奥さんと子供さん連れて、買いに来てよ。その時は、お金をもらうから」

帰って包みを開けると、ロールケーキだった。妻に事の顛末を話しながら家族で食べたのだが、そのロールケーキは、小父さんの人柄と相まって、ほんのり甘くて美味しかった。


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この記事のコメント一覧
1 . 名無しさん  ID:18Fgjq1q0編集削除
イイハナシダナー

なあハゲの※3 同意しろや
2 . 名無しさん  ID:pOyO1pNr0編集削除
『ハゲの人以外は書き込めない呪いがかかりました』
3 . 名無しさん  ID:Pc60m8ZJ0編集削除
イイハナシダネー

出産のせいで下の毛がつるつるな※3です
上の毛はあります
4 . 名無しさん  ID:z3rYvOLT0編集削除
>中学生の頃、親と喧嘩し、自転車に乗って家を飛び出した。
せめて家の外に出てから自転車乗ったほうが・・・
5 . 名無しさん  ID:izqgVvIp0編集削除
※4
自転車と喧嘩し、家に乗って親を飛び出した、よりはまし。

あたしは、脇がテュルンテュルン。
6 . 名無しさん  ID:2cRFw1Gy0編集削除
>そのロールケーキは、小父さんの人柄と相まって、ほんのり甘くて美味しかった。

こっちはその小父さんの人柄のせいでほんのりしょっぱくなったぞ。どうしてくれる。
7 . 名無しさん  ID:dXBdNoiC0編集削除
ええ話や。
読んだことあるけどな。

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