小学校4年生の時の体験。
2つ年下の妹と一緒にお菓子を買いに行った帰りに
少し先に見えてきた信号のない横断歩道で
近所に住んでるおばあちゃんがこちら側に渡ってくるのが見えた。
そしてそのおばあちゃんを原付が撥ねたのが見えた。
ビックリして走って行ったら、原付はひき逃げでもう見えなかった。
おばあちゃんはヒクヒクしてて、でもどうしていいかわからなくて
大声で

「おばあちゃんが撥ねられましたーーーーーーー!!」

と繰り返した。


そしたら近くの家の人が飛び出してきて救急車を呼んでくれて
警察も来て色々聞かれたけど、↑に書いたようなことしか答えられなかった。
妹は泣いて泣いて話が出来ない状態。
おばあちゃんは打ち所が悪かったのかショック性のものか分からないけど
運ばれた病院で亡くなった。
撥ねた原付はそのまま逃走していたらしい。

私自身、事故の瞬間が目に焼き付いてまだショックを引きずっていたけど
妹はもっとショックだったみたいで一言も口を利かずごはんも喉を通らない状態。
両親も心配してたけど、当時はPTSDなんて言葉もなかった時代だったし
精神科には大きな偏見もあった時代だったから病院に連れて行くという選択肢もなかった。
ところが夜中に妹が手が付けられないぐらいワンワン泣き出して
みんなオロオロしていたら、突然衝撃的なことを言いだした。
妹はおばあちゃんを撥ねた原付を運転していた人を見ていたんだ。
犯人は近所の奥さんで、そこの子供と妹は仲良しだった。
事件の少し前に「ママが買った原付」を見せてもらったらしくて
その原付の「らったった」という名称が面白くて覚えていたらしい。
原付がおばあちゃんを撥ねて行った瞬間に「あ、おばちゃんだ!」って分かったらしいんだ。
その頃はメット着用義務はなくて、ほとんどの人がかぶってなかったし。
でもその後、救急車やお巡りさんがきて大騒ぎになって、見たままを証言したら、友達のママがケーサツに連れていかれてしまう!と思って言えなかったみたい。
それを聞いた両親もその日はずいぶん悩んだと後に聞いた。
もちろん直ぐ警察に届けるべきなんだけど、同じ町内で被害者と加害者が出たわけで
しかも昔から付き合いのある家庭同士だし。

当り前のことなんだけど、結局通報した。
後から思えば、通報してもしなくても当時は女性が原付に乗るのはまだまだ珍しかったし
日本の警察がごく近所に住んでいるひき逃げ犯を逃がすとは思えないんだけど、まぁ市民の義務だしね。
それから割とすぐに加害者宅は空き家になって売りに出されたと記憶していたけど
ずいぶん経ってから(結婚してから)思い出話としてその話題が上ったときに母に聞いたら
そこの旦那がなかなかのDQNで

「年寄りなんてどうせ家族も死ぬのを待ってるんだし
 早めにくたばってくれた上に保険金までおりて万々歳なんだから感謝されてもいいぐらいなのに
 なに通報しやがってんだワレ」

とか乗り込まれたこともあったらしい。
ご近所さんも一部の人からは「ご近所さんを通報なんてやぁねぇ」なんて言う人もいたとか。
でも亡くなったおばあちゃんのご家族からは

「おかげ様で早く解決できました。色々言うひともいるようですが感謝してます」

って言って貰えたんだとか。
妹の修羅場、両親の修羅場で私はそれを見ていただけだったけどね。


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この記事のコメント一覧
1 . 名無しさん  ID:Jr6OhOGf0編集削除
DMMブロックしたら快適になった。
2 . ゼッフィール・ラロルドッシン  ID:o7BfB3nG0編集削除
私の目は預言者の目だ。狙いは外さない。
3 . 名無しさん  ID:B.3NCPVd0編集削除
いつの時代の話だ
4 . 名無しさん  ID:D64M.23t0編集削除
>ご近所さんも一部の人からは「ご近所さんを通報なんてやぁねぇ」なんて言う人もいたとか。

「では、あなたやあなたの家族が轢かれたときには、証言しないようにしますね。」

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