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ほのぼの体験談

あの夏、俺には確かに弟子がいた。

ひと夏限りのやんちゃで憎めない弟子たちが・・・。


その頃大学生だった俺は、義兄から貰い受けたCBR1100XXを得意気に乗り回していたんだ。

大した腕前でもないくせに、


「初夏の闇夜を切り裂いて翔べ!我が最強の翼・黒鳥よ!」


と、メットの中で痛い台詞を呟きながら南東北の田舎道を流していたあの頃を思い返せば穴があったら何とやら。




そんなある日の晩のこと。

俺はひと通りの走りを終え、行きつけのファミレスで晩飯を食らっていた。

ミートソースパスタを味わいながら、何気なく俺は窓の向こうにある駐車場に目をやる。

「何だ?あいつら」

愛機の横にいつの間にやら駐めてある、怪しげなDio・JOG・Let'sの3台のスクーター。

そしてその持ち主と思しき3人の若者が、俺のCBRを取り囲んでいたのだ。

揃いも揃って茶髪に眉剃り、派手なTシャツとニッカズボン。

どこを取っても混じりっ気無し、純正モノの「田舎DQN」様のご登場である。


「ちいっ、まずいな・・・」


ハマーン・カーンばりの台詞を一人ごちる俺。

正直言って、愛機に変なイタズラでもされるのじゃないかと気が気ではなかった。

相手は見たところ身の丈180儷瓩ぅチ体型の連中よ。

いきなり怒鳴り込んでトラブルにでもなったらば、170僂砲睨たぬ俺に到底勝ち目はある筈もない。

小心者の俺は、彼らが去るまで静観するというヘタレた

選択肢を選んだものだ。

しかし、である。

5分経っても10分過ぎても奴らは俺のバイクから離れようとしないどころか、あげくの果てに全員ウンコ座りしながらCBRを指さして何やら語り始めるし。


このままじゃ埒があかないよ!満を持して会計を済ませ、俺はバクつく心臓をなだめながら愛機の元へと歩を進めた。


「あ、あの〜、ゴメン。バ・・・バイク出したいんだけどな」


CBRを囲んで雑談する彼らに、震える声で退去を促す俺。

途端に彼らはジロリとこちらを一瞥し、3人揃ってすっくと立ち上がる。

「やばい、やられる!サヨウナラ、父よ母よ妹よ〜♪」

その時の俺の心境は、ビビリ→ビビラー→ビビレスト。

ビビリの最上級ってなもんだったよ。

見た目俺よりも年下の連中にビビッた俺もアレだけど、実際怖かったんだもん。


けどその直後、俺はいい意味で腰砕けになった。


「このでけえの、あんたの?」


「え?・・・ああ、勿論そうだけど」


途端、武骨な凶相の彼らの面に稚気の漂う笑みが浮かぶ。


「すげえ単車っすよね、これ!免許取るのもムズいんっしょ?」

「いやあ。俺らさっきから、いつかはこんなでけえのに乗ってみてえなあってなこと、しゃべくってたんすよ」

「俺ら、四ッ輪や原チャ転がすことしか出来ねえんすけど、

 こんな半端な俺らにも二輪の大型免許っての、取れるもんですかねえ」


目を輝かしながら、彼らはそうした問いを突っ込んで来る。

親兄弟すら躊躇なく縊り殺しそうな外見とは裏腹に、こいつら意外と根はさほど悪い奴らじゃないのかも。


「えーと・・・熱意と根性、それにちょっとしたお金さえあればいけるんじゃないかな。

 昔は難関だったらしいけど、今じゃそれほどでもないんだよ。

 みんなより頭一つチビな俺ですら受かったんだから大丈夫、

 四輪免許はあるんだろうし一度挑戦してみれば?」


おためごかしの俺の台詞を聞いて、破顔一笑しつつハイタッチを繰り返す3人のDQN達。

強面の容貌と子供じみたリアクションとのギャップが恐ろしく間抜けだった。


「いつもこの店に来るんすか?」


「毎日ってわけじゃないけど、火曜と金曜の今ごろは大抵ここで晩飯食べてるね」


「迷惑でなけりゃ、俺らに単車のあれこれ、教えて貰えないもんですかねえ?」


別に断る理由もないので


「いいよ」


と素っ気なく答えた俺は小脇に抱えたメットを被る。


「おお!あのヘルメットもかっけー!デコんとこに英語で何て書いてあるんだあれ」


「馬鹿だな。ありゃショエーって読むんだよ、ショエーって」


「しょえー!そうなんか。やっぱおめえは博学だなおい」


メットの中で笑いをかみ殺すのに必死な俺。


「男塾の田沢じゃないんだからよお前ら」


火入れすると同時に、DOHC4バルブ4気筒の心臓が華麗な唸りを響かせる。

かつてのHONDAが誇るフラッグシップの出航だ。

まだ何やら語り合っている彼らに軽く左手を挙げ、俺はその場を後にした。

ミラーの中では、街灯の下でこちらに手を振る3人のやんちゃの姿がだんだん小さくなっていく。


そう。

これが俺と彼らだけの、バイク夏期集中講座の開講式だったのである。


翌週から、早くもそのファミレスに於ける俺の講義が始まった。

「講義」とは言っても殆どは雑談程度、


「いいかい。ひと口にバイクって言ってもいろんな種類があってね」


から始まり、バイク乗りにとっては基礎中の基礎であろうネタを自分の経験談も織り交ぜながらだらだらと喋っていたに過ぎない。

おそらく彼ら自身も既知の内容が殆どだったかも知れないが、それでも頷きながら熱心に耳を傾けてくれる3人。


「なるほど〜。いやあ、ためになる話っすね、師匠!」


「師匠」と来やがったか。

まあ、人様に教えるほどの知識も持たぬ頼りない師匠ではあるけれど、結局最後まで俺たちは「師匠」「マサ」「健ちゃん」「かず坊」といった間抜けなあだ名で互いを呼び合うこととなる。


彼ら3人は互いに幼なじみ。

マサは配管設備屋、健ちゃんは駅前市場でそれぞれバイトしているとの話だが、かず坊だけは建設会社の正作業員だそうな。


「正作業員っつっても、言ってみりゃあドカタの下働きっすよ。あはは」


生姜焼き定食を頬張りながら、欠けた前歯を見せつつ闊達に笑うかず坊。

自嘲と言うより、そんなもんを通り越した

「天然系」の雰囲気すら漂わせるピュアな笑みであった。

左手首に巻かれたルミノックスの蛍光針も23時を遙かに回り、次なる講義での再会を誓い笑顔のままで俺たちは別れる。


・・・楽しい連中だったな。

恥ずかしながら当時の俺はバイクを共通の趣味とする友もない、紛うかたなき孤独ライダーの端くれだった。

そんな俺をあろうことか師匠と仰ぎ、乾いた心を慈雨で潤してくれた3人組に感謝、感謝!

帰路を疾走していた際の、いつもは煩いメットベンチレーターからの風切り音すら、この日ばかりは天上の調べでもあるかのように、耳に心地よく感じられたものだった。


ところで、この手の連中って自分の力量も弁えずに馴れ馴れしく他人の愛機を運転したがるイメージがあるじゃない?

実は俺も「ちょっとでいいっす!その単車に跨らせてくださいよ。俺らの仲じゃなっいすか〜」みたいな言葉をいつ聞くことになるか不安だったの。

しかし何度目かの講義を終えても、なぜか彼らはそんな素振りすら見せなかった。

逆に不気味になってカマ掛けてみたね、その辺りの理由も含め


「このバイクを運転させろ!とか思わないの?」


って。


ちょっとした沈黙の後、意外にも彼らは顔色変えて大袈裟にそれを否定し始める。


「じ、冗談じゃねえっすよ。師匠の単車にケツ掛けるなんて大それた真似なんか!」


ムキになって叫ぶ健ちゃんに、マサとかず坊もひと呼吸置いて次句を継ぐ。


「それもあるけど、・・・俺ら馬鹿っしょ?

 やっぱ無免でよその単車パクって乗り回してんじゃねえかってな目でしょっちゅう見られるんすよ。

 実際、そのまんまの奴らからよく単車の話されっけど、

 ワル自慢の与太話聞いても胸糞悪くなるだけなんで」


「何か上手く言えねえんすけど、単車が好きだからこそ俺ら、

 半端なままでその単車を裏切るみてえな乗り方したかねえんですよ。生意気っすかね」


してみりゃこいつら、スクーターに乗っててもDQN基本技である大股開きや半ヘルの首吊り被りなんかじなかったな。

自分達なりにストイックな「バイクに対するポリシー」ってのを堅持してるって訳か。


「俺、君らをその辺の族と一括りにしてたのかも。・・・いや、申し訳ない!謝るよ」


「滅相もねえっすよ!見た目がこのナリっすからね俺ら。

 ところで来週から長旅でしたっけ、準備の方は大丈夫なんすか?」


前回の講義の際に、お盆の帰省ついでに中部地方を巡るロンツーを予定していることを彼らに告知していたのを俺は思い出した。


「おかげさまでね。済まないがこの次会えるのは3週間後になるけど、

 それまでたっぷりと土産話を仕入れてくるから待っててな」


「はい、期待してるっす!」


いつもの如く別れる我ら。

次回が最終講義になろうとは、この時には露ほどにも・・・。


8月24日、汗だくになりながらもどうにか俺は帰ってきた。

アパートへ戻りシャワーを浴びて、ひと息ついてから例のランデブー地点へと向かう。

「とっておきの土産話、充填完了!さて何のネタから話してやろうかな?」

ファミレスに着いてアイスコーヒーを注文し、浮ついた気分でセブンスターをくゆらしながら俺は彼らを待ったものだ。

しかしその夜、21時を回っても22時を過ぎても結局彼らは訪れなかったのである。

こんなことは初めてだった。

「んもー、あいつらひょっとして日にち間違えてやがるな?せっかくきんつば買ってきてやったってのに・・・日持ちしねえんだぞコレ」

携帯番号やメルアドを交わしているわけでもないため、彼らとの連絡などつけられる筈もない。

氷も既に溶けて水っぽくなった不味いアイスコーヒーを無理矢理喉に流し込み、溜め息をつきつつ俺はCBRに跨ったのである。


翌週の火曜日、俺は再びファミレスへと赴いた。

「お、いたいた!」

駐車場にはお盆前と同様、派手な原色に彩られた彼らのスクーターが駐められている。

しかし、何かが違う。

駐めてあるスクーターは2台のみ・・・、かず坊のDioだけが見当たらない。

「あれあれ?かず坊君は今日は自主休講ってやつですか」

入口に足を踏み入れ、マサと健ちゃんの2人の姿を奥まったパーテーション越しの座席に認める俺。


「やあ、久し振り!この間来てもみんないなかったから気になってたぞ。かず坊は今日はお休みかい」


顔を上げ、俺を見ながら力ない笑顔を浮かべる2人。

明らかにいつものテンションではなかった。

組んだ両掌に力を込めて健ちゃんがうめくように呟く。


「かず坊、もう来れないっす・・・」


「ん、何かあったの?」


「あいつ、お盆前に現場の事故に巻き込まれちまって。・・・ひと足先にあっち行っちまったんですよ」


「・・・は?」


かず坊の愛機はDioだ。

・・・それこそ「ザ・ワールド」のスタンドを食らった瞬間ってこんな状況なのかな?誇張じゃなしに時間が止まった。

その時の俺の表情はおそらく、蝉の抜け殻みたいな虚ろな呆け顔であったに違いない。

人間ってのは、ショッキングな事態にいきなり出くわすと泣き笑い一切の感情が吹っ飛ぶっての、ありゃ本当だよマジで。


ちょうど俺が甲州街道を快走していた8月10日のことらしい。

お盆の連休を前に予定の行程を終えるべく汗を流していたかず坊の側頭部を、操作を誤ったユンボのバケットが横殴りに直撃したのだそうだ。

運の悪いことに、汗を拭こうとかず坊が保安メットを脱いだ直後のアクシデントだったとか。

そして一度も意識を回復することなく、5時間後に搬送先の病院で彼はあたら19年ちょっとの短かな生涯を終えてしまったという・・・。


「お盆と重なっちまって日延べしちゃいましたけど、通夜と葬式にも行きました。

 泣いてる親御さんの姿見てたら居たたまれなくなっちまったっすよ」


健ちゃんのその声を、今度は目を潤ませたマサが継ぐ。


「何であんないい奴が早死にしちまうかな。

 俺らこの前の夜は、かず坊と流したコースを何度も何度も回ってたんです。

 慌ててここに駆けつけた時にゃもう0時過ぎてまして、ホントすんませんでした」


声を震わせ、時折しゃくり上げながら訥々と語るマサと健ちゃん。

ひと通りの話を聞いた後でも、俺はまだその事実を受け入れられずにいた。


冗談でしょ?3人の中で一番人懐っこくて明るかったかず坊がだぜ。

死は人の常とは言えど、あまりにもあっけないだろ!

あっけなさ過ぎて涙も出てこないよ全く。


懐かしいBilly Joelの「Honesty」が流れる店内で、鉛のような静寂が徐々に俺たちを包み込んでゆく。


「あの、師匠にもうひとつ謝らなくちゃならないことがあるんす」


「実はこの9月から俺ら、愛知の方の会社で働くことになりましてね。

 準備とか色々あって師匠の話を聞けるのも今夜が最後になりそうなんっすよ」


友の死から急に就職の話題。思考停止していた俺の脳みそはその飛躍についていけず、思いっきりトンチンカンな言葉を返してしまったものだ。


「あ・・え?そ、そりゃあ目出度いなあ。いろいろ悲しくて寂しいけどいいことだな」


それに答える健ちゃん曰く、


「マサの遠縁の人からたまたま話があったんすよ。

 期間工ってやつなんですけどね、頑張り次第じゃ正社員に登用してくれるとか。

 普通に就職して稼いでたかず坊が死んじゃったのに、

 俺らがその日暮らしのバイトをフラフラ続けてたらあいつに笑われちまうかなと思って。

 これ、2人して決めたんす」


「そうなのか・・・」


皮肉にもかず坊を失ったことで、生きる指標を見つけたんだな。

友達っていいもんだな。

仮に俺がくたばったとしても、それを機に自分の生き様を見直してくれるような友達なんざ果たして俺には居たっけか?


「短い間だったっすけど、師匠と会えて嬉しかったっす」


「向こうでも元気でな。

 ただし、これまでの講義を無駄にしないためにもお金が貯まったら絶対に大型二輪取れよ。

 そして夢半ばで逝っちまったかず坊の分まで・・・ってか、かず坊と一緒に走ってやるんだぞ!」


最終講義の締めの言葉は何だったのか思い出せない。

気がついたら俺は、街の灯が眼下に広がる山の高台に愛機CBRを駐めていた。

夜空を見上げればペルセウス座流星雨の名残なのか、無数の小さな光が銀の尾を曳き漆黒のキャンバスを駆けてゆく。

「かず坊よ。お前のせいで俺はまた、ひとりぼっちになっちまったじゃねえか!この大馬鹿野郎が・・・」

この時初めて、俺の涙が涙腺の警戒水域上限を完全に超えてしまったよ。

数多の星明かりと地上の灯火とが瞳の中でジワリと綯い交ぜになったその瞬間、

「師匠!俺らがでけえのの免許取ったら絶対一緒に走りましょ。約束っすよ!」

お盆前に交わしたかず坊の最後の言葉が、メット越しにちょっぴり聞こえたような気がした。


お互いの携帯番号も本名すらも知らずに、日数にしてわずか一週間弱しか顔を合わせることのなかった俺たち。

端から見れば、何とまあドライな付き合いなのかと思われるだろう。

しかし彼らと触れ合ったその僅かな時間は、少なくとも俺にとっては唯一無二とも思えるほどに充実したひとときだった。

今でも夏の夜にバイクを走らせていると、時折彼らの邪気のない笑顔が脳裏に浮かぶ。

「あいつら今でも向こうで頑張ってるかな?念願の大型二輪免許を手にしてかず坊と、そして至らぬ師匠だった俺のこともほんの少しは思い出しながら、”でけえの”を駆っていてくれてたらいいな・・・」


あの夏、俺には確かに弟子がいた。

ひと夏限りのやんちゃで憎めない弟子たちが・・・。

 


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この記事のコメント一覧
1 . 名無しさん  ID:I.JbytH90編集削除
不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまったんだよ
2 . 名無しさん  ID:tEW8auv50編集削除
うーん…
3 . 名無しさん  ID:1dKW1aqX0編集削除
底辺の日常ならこんなものだろ
4 . 右辺  ID:2lm6eHrt0編集削除
底辺の日常:
へんなブログに「こんなもんだろ」ってコメントを投稿するハゲなど。
5 . 名無しさん  ID:tEW8auv50編集削除
↑ネット弁慶現るw
6 . 名無しさん  ID:xaK8CF420編集削除
長文なのに短く感じた。
もう終わっちゃうんだ。っておもった。
文才って羨ましいよな。
7 . 名無しさん  ID:cjo429xP0編集削除
悪く見られたくないなら身なりをキチンとしろよ
8 . 名無しさん  ID:2x6CD.JB0編集削除
面白かった
田沢ってwww

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